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2012年05月08日

vol. 147  今年もクールビズが始まる

 今年も5月1日から国会でもクールビズが始まった。従来6月1日から9月30日だったクールビズだが昨年の震災後、節電の取組みから、始まりと終わりを1ヶ月ずつ延ばした。その結果、1年の半分(半年)はクールビズになった。

 私が議員になる前に勤めていた会社では、20年前からすでに今でいうクールビズだった。私がアメリカ留学から帰国して、当時の三和総合研究所に勤め始めたのが1989年秋。当時私は千葉県浦安市に住んでおり、東西線と銀座線で新橋まで通勤していた。翌年夏の東西線の車両の冷房率は20%以下。5本に4本は無冷房の電車。冷房が効いていない上に手と足がバラバラになりそうな満員電車。当時私が考えたことは、「東京一極集中と地球温暖化は解消しなくてはいけない」だった。 
 会社に着くと服はぐっしょり。私は考えた。「上着とネクタイはやめて、ポロシャツで通勤しよう」と。行動に移した。数着の上着を会社のロッカーに置き、カバンに下着とワイシャツとネクタイを入れる。そんな通勤が続いたある日、会社に着いて早々、至急の電話が鳴り、着替える間もなく仕事に取りかかった。気がついたらお昼。「なんだ、着替える必要すらないや。」それ以来、会社にスーツとワイシャツとネクタイを置いて、ポロシャツのまま仕事を続けた。机に向かっているだけで外部の人と会わない日は、ポロシャツのままでも仕事に支障はない。気分がリラックスしているので、かえって生産性は上がる。周囲はネクタイと上着を着用している。私はきっと周りから浮いていただろうと思いつつも、気にせず続けた。そうこうするうちに誰かが声を上げたのだろうか、会社も翌々年くらいから「夏はノーネクタイ、ノージャケット」となった。
 その後、夏が問題なければ秋も冬も良いじゃないかと、結局1年を通してノーネクタイ、ノージャケットになってしまった。もっとも、お客様(私の部署のお客様は主に役所の方)に会う時だけはスーツに着替えた。ロッカーにスーツとシャツなどを一揃え置いておき、お客様を訪問する時だけ着替えた。

 私が参議院議員となった翌年の夏から国会でもクールビズが始まった。三和総合研究所でも私が入社した翌年の1990年から事実上のクールビズが始まり(私が勝手に始めたのだが)、国会も私が初当選した翌年の2005年からクールビズになった。地球温暖化が進む中で気候が変われば仕事着が変わってもおかしくない。
 ネクタイを生産するメーカーなどはクールビズに反対する方々もいらっしゃるだろう。一方で新たなビジネスも生まれていることも確かだ。下着やシャツは形も素材も一工夫されたようだ。デパートに行くとクールビズについて新しい提案が色々あるらしい。ひところはドブネズミと揶揄された男性のビジネススーツも随分とおしゃれになった。沖縄では“かりゆし”が定着したし、他にも地元の宣伝に一役買う絵柄のTシャツや浴衣地のシャツなど、地方も個性と地場産品などの特色を活かしている。
 何か新しいことをする際には、メリットとデメリットがつきものだ。何も新しいことにトライしないで沈んでしまうよりは、デメリットが多少あってもメリットに着目して新たな試みにトライすることが大切なような気がする。そうすれば、皆が自然に創意工夫をするようにもなり、想像以上の効果を生むこともあろう。たかがクールビズ、されどクールビズといったところだろうか。(2012年5月8日)
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2012年04月23日

痛みの後に福が来る!? 2012年4月23日(月)

 本日は朝から健康診断。血液検査で問題がなければ良いのだが・・・。
およそ1ヶ月前のこと。朝起きたら、突然、右足の親指のつけ根に激痛が走った。「いつどこで足をぶつけてしまったのだろう。」と思いあぐねた。足を地面に着くと痛い。おかしい。参議院の医務室に駆け込んだ。先生に「痛風ですね。」と軽く言われた。「昨年の健康診断の結果を見ると尿酸値が高い。医務室に来てくれと書いてあるじゃないですか。」「えっ、痛風が出たら来いという意味じゃなかったのですか。」どうやら違ったようだ。
 痛風は贅沢病と言う。ただ、私の場合は遺伝だと思う。父親はお酒を一滴も飲めないのに尿酸値が高く、痛風になっていた。ただ、父は牛肉が好きだった。家ですき焼きをしても、父が牛肉、育ち盛りの私はシラタキと豆腐。腑に落ちなかったが、美味しい物は自分で稼げるようになってから思いっきり食べれば良いと納得していたから、まあ良い。
 参議院議員になる前から尿酸値は高かった。お酒を飲みに行くことが年に数えるほどで、ごちそうを食べることなど滅多になかったサラリーマンの時でさえも(今もさほど多くはないと思う)、尿酸値は危険水域だった。痛風の3割は遺伝だという。私もその部類であるのだろう。妻も食事のバランスにはかなり気をつけてくれていて、普通の食事をしていれば痛風なんて出ないと思っていたらこのざまだ。外食が続くといけないようだ。参った。かなり痛かったが、「歩けるからまだ軽い方だよ」と医者に言われた。

 しかし、怪我の功名といおうか、痛風が出て良いこともある。体重を少し減らした方が良いとアドバイスされた。ここ最近メタボ気味だったので体重を減らそうと思ってはいたが、思うようにならなかった。目の前に食べ物があると残してはいけないと思い、全て平らげてきた。体重が減るはずがない。運動不足も一因だった。しかし、痛風という痛みを伴うと人間頑張るものである。また、あの痛みが来るかと思うと頑張って尿酸値と体重を減らそうと努力する。
 主に野菜や海草を食べ、水分を大量(一日2リットルくらい)に飲むようになった。お酒は控える。肉もほどほどに。干物や魚卵もプリン体が多いので控える。要するに旨味のある食べ物を控えるのだ。お昼のお弁当は、生産者に申し訳なく思いつつも、ご飯とおかずを一口ずつは残す。1週間に1時間は運動をするなど。
努力(?)が実って体重が2kg減った。「な〜んだ、減量なんて簡単じゃん。」と思って油断したら、すぐに1kg戻ってしまった。体重を2kg減らすのに2週間かかるが、一食だけで1kg戻るようだ。現在は1ヶ月前から2kg減ったが、ここから先には進まない。継続しないと元に戻るらしい。
 人間は痛い目に遭わないと変わらない。健康は失って初めてそのありがたさを知る。軽い痛風でこれだけ学べれば安いものである。痛風に感謝!?
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2012年04月19日

4月19日:休暇のあり方検討PT開催

 社会構造が変化し、人々の働き方や生活様式、価値観が多様化してきているにも関わらず、わが国の年次有休休暇取得率は、平成5年をピークに未だ50%を下回った状態が続いています。
 過去の調査によれば、有給休暇の完全取得による経済効果は、約12兆円、150万人の雇用効果が生まれるとの試算がされています。また、政府の成長戦略会議では地域の活性化と雇用創出を目的とした方策として、休暇の分散化が検討されてきました。
 こうした経緯を踏まえ、わが国の経済成長につながる、時代に適合した新たな休暇制度を検討することを目的として『経済需要の拡大と雇用機会の創出に向けた休暇のあり方検討PT(略称:休暇のあり方検討PT)』を設置しました(私は事務局長です)。
 本日は、第1回のPT会議であり、厚生労働省や内閣府等省庁より、働き方の現状や休暇取得の現状、休日・休暇の法制度等についてお聞きしました。今後、定期的に会議を開催し、6月中旬を目途に休暇のあり方の提言をとりまとめていく予定です。
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挨拶する座長(辻元清美衆議院議員)
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会議を進める藤本
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2012年04月18日

vol. 146 過去の概念と決別する時

 「必要は発明の母」と言われる。必要性が高まれば高まるほど新たな発明の可能性が高まるということだ。IT技術の進歩とITの日常生活への浸透をみると、まさしく「必要は発明の母」であることを感じる。私が子どもの頃、腕時計のような、今で言うコンピュータを使って映像付きで通信や電話ができるアニメがあった。スマホやタブレットPCの登場で空想が現実のものになりつつある。

 原発の再稼働が社会問題になっている。そもそも原子力発電も「必要は発明の母」の結果生まれたものであろう。原発が稼働しなくなったら産業界に大打撃を与え、日常生活を送れなくなると言う。今すぐに原発に替わる電力は見つからないことを考えれば、それは本当だろう。しかし、何年か経てば原発なしでもなんとかなるという期待を捨てることはできない。人口は減り、産業構造も変わり、省エネ技術が高まるから電力需要が小さくなる。原発を一旦稼働させたとしても、例えば10年後とか20年後には原発がゼロになっても生活に困らないかもしれない。
 私は科学者でも専門家でもないので、その可能性がどの程度高いか低いかはわからない。ただ、これまでの人間の科学技術の目覚ましい進歩をみると、何年か後の原発なしの生活はあながち夢の世界とは思えない。
 福井県の大飯原発の再稼働の是非を巡って議論しているうちに、複数の企業は自家発電設備の投資を検討し始めた。年々自家発電設備の性能は良くなるだろう。また、昨年の東京電力の計画停電の際には企業自らが輪番操業を取り入れた。経済のグローバル化の状況を考えると、日本国内だけで生産活動が完結できなくなっているのだから、輪番操業や休日操業・平日休業も特別なことでなくなるかもしれない。
 さらに今年は家庭用扇風機がバージョンアップしている。形もスタイリッシュになり、温度を関知して風力を自動制御する扇風機や、夜間電力で蓄電して半日以上も電気なしで持続する扇風機などが次々に販売されている。昨年、品不足に陥って急いで扇風機を購入した人が「今年まで待てば良かった」と残念がるほどわずか1年でめまぐるしく進歩している。まさに「必要は発明の母」である。
 生き残る企業は柔軟だ。「過去の概念で現在を語る者は決して未来を築くことはできない」とチャーチルは言った。東日本大震災は、「過去の概念を捨てよ」と私たちに教えているように思う(2012年4月18日)。
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2012年03月26日

2012藤本祐司と愉快な仲間たち 参地ネットin静岡 を開催いたしました。

3月25日に「2012藤本祐司と愉快な仲間たち 参地ネットin 静岡」を開催いたしました。

今回は、2004年参議院選挙・選挙区初当選の同期議員6名がゲストとして駆けつけてくれました。
芝博一議員、足立信也議員、水岡俊一議員、林久美子議員、広田一議員、蓮舫議員、それぞれに専門分野をもつ信頼できる仲間たちです。
会には県内各地から約400人の皆様にご出席いただき、一部のトークショー、二部の懇親会ともに大いに盛り上がりました。
多くの皆様に支えられ活動させていただいていることを改めて実感いたしました。
お忙しい中をご出席いただきました皆様、本当にありがとうございました。

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posted by 藤本祐司事務所 at 14:56| Comment(0) | TrackBack(0) | ::: フォトライブラリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする