私が議員になる前に勤めていた会社では、20年前からすでに今でいうクールビズだった。私がアメリカ留学から帰国して、当時の三和総合研究所に勤め始めたのが1989年秋。当時私は千葉県浦安市に住んでおり、東西線と銀座線で新橋まで通勤していた。翌年夏の東西線の車両の冷房率は20%以下。5本に4本は無冷房の電車。冷房が効いていない上に手と足がバラバラになりそうな満員電車。当時私が考えたことは、「東京一極集中と地球温暖化は解消しなくてはいけない」だった。
会社に着くと服はぐっしょり。私は考えた。「上着とネクタイはやめて、ポロシャツで通勤しよう」と。行動に移した。数着の上着を会社のロッカーに置き、カバンに下着とワイシャツとネクタイを入れる。そんな通勤が続いたある日、会社に着いて早々、至急の電話が鳴り、着替える間もなく仕事に取りかかった。気がついたらお昼。「なんだ、着替える必要すらないや。」それ以来、会社にスーツとワイシャツとネクタイを置いて、ポロシャツのまま仕事を続けた。机に向かっているだけで外部の人と会わない日は、ポロシャツのままでも仕事に支障はない。気分がリラックスしているので、かえって生産性は上がる。周囲はネクタイと上着を着用している。私はきっと周りから浮いていただろうと思いつつも、気にせず続けた。そうこうするうちに誰かが声を上げたのだろうか、会社も翌々年くらいから「夏はノーネクタイ、ノージャケット」となった。
その後、夏が問題なければ秋も冬も良いじゃないかと、結局1年を通してノーネクタイ、ノージャケットになってしまった。もっとも、お客様(私の部署のお客様は主に役所の方)に会う時だけはスーツに着替えた。ロッカーにスーツとシャツなどを一揃え置いておき、お客様を訪問する時だけ着替えた。
私が参議院議員となった翌年の夏から国会でもクールビズが始まった。三和総合研究所でも私が入社した翌年の1990年から事実上のクールビズが始まり(私が勝手に始めたのだが)、国会も私が初当選した翌年の2005年からクールビズになった。地球温暖化が進む中で気候が変われば仕事着が変わってもおかしくない。
ネクタイを生産するメーカーなどはクールビズに反対する方々もいらっしゃるだろう。一方で新たなビジネスも生まれていることも確かだ。下着やシャツは形も素材も一工夫されたようだ。デパートに行くとクールビズについて新しい提案が色々あるらしい。ひところはドブネズミと揶揄された男性のビジネススーツも随分とおしゃれになった。沖縄では“かりゆし”が定着したし、他にも地元の宣伝に一役買う絵柄のTシャツや浴衣地のシャツなど、地方も個性と地場産品などの特色を活かしている。
何か新しいことをする際には、メリットとデメリットがつきものだ。何も新しいことにトライしないで沈んでしまうよりは、デメリットが多少あってもメリットに着目して新たな試みにトライすることが大切なような気がする。そうすれば、皆が自然に創意工夫をするようにもなり、想像以上の効果を生むこともあろう。たかがクールビズ、されどクールビズといったところだろうか。(2012年5月8日)
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