162-参-総務委員会-7号 平成17年03月18日
○藤本祐司君 民主党・新緑風会の藤本祐司でございます。
質問に入ります前に、今、櫻井さんがお話があったことで一つだけ、事実だけお話しさせていただきたいと思いますが、公益法人の中でいろいろ調査研究機関があるということで、私もUFJ総合研究所にいたものですから、そういういろんな調査研究をやる環境にあったんですが、あるどこかの市、まあどこかとしておきますが、総合計画を作るという話があって、それで仕様が全部こう決まっているんです。例えば印刷費は、印刷はこういうカラーで何ページで何冊いるんだというので見積り合わせをしてくれといったときに我々、私どもとか、三菱とか野村とかそういうところが大体二千数百万で出したんですが、あるやはり財団法人、まあ当時、財団法人だったんですけれどもね、そこはもう一千万を切って出すんですよ。それは我々がもう完全に印刷費だけで一千八百万どこでも掛かるというのに、平然と一千万を切って財団が出してきて、挙げ句の果てに、いや、我々は赤字でも構わないんだみたいな話で、そういうところに持っていかれちゃうっていう物すごい民業圧迫というのがあって、そういうのが多分いろんなところで積み重なっているんじゃないかなというふうに思っています。私の質問ではなかったんですが、ついででしたのでお話しさせていただきました。
まず、今日はe―Japan戦略のこととユビキタスネットについて質問させていただきます。
先ほど麻生大臣が、これを進めていくと代々木のお弁当屋さんがなくなってしまうとか、いろいろ光と影の部分があるというお話があったかと思います。
このe―Japan戦略自体、その目標値があって、三千万世帯で高速インターネット、一千万世帯に超高速インターネットの常時接続可能な環境をつくろうということで、もうこれは既に目標達成されたんだと思いますが、ただ、その中を見ると、やはり都市部にやはり集中している、都市、市ですよね。特に、過疎地とか地方へ行くとまだまだそれが七割とか七割五分とかということで、やはり都市間格差というか地域間格差が広がるということがある。それをやはり縮めていかなければいけないというのが一つの大きなテーマになってくるんじゃないかなというふうに思っています。
この間の、前々回の総務委員会でも世耕さんが、世界経済フォーラムによると、日本のIT戦略、競争力が第八位になったという話がございました。八位というのは総合的なものでありまして、事項、項目によっては一位のものもあれば二位のものもあると。ただ、インフラの部分に関していうとまだ十六位という評価があったわけで、このインフラ、特に都市間格差を、地域間格差を縮めるということが正にそのインフラ整備の部分において順位を、競争力を上げるということになろうかと思いますが、そこにつきまして具体的な方策、考え方を教えてください。
○国務大臣(麻生太郎君) 藤本先生、お詳しいということだと思いますので、今言われた中で、調査のアイテムをずっと見ていただくと分かると思うんですが、公衆電話の普及率なんていうのがあれに入っていますでしょう、いわゆる順位を決めるときに。それから、いわゆる、何というの、電話回線によるインターネットなんていう、業界用語で言うナローバンドという部分ですよね。このナローバンドの話なんかというものを持ち込まれたって、これは、こっちはブロードバンドやっているんですから、ナローバンドの話なんかがアイテムの中に入れられたって、それは冗談言ってくれるなと。こんなものなんかこっちははなから相手にしていませんから。そうすると、そこは零点しか来ないわけです。そういったので、あれ内容を見ていただきますと、随分いろいろちょっと、ちょっとそれで順番決められても困っちゃうんだけれどもなと、正直、私ら思っている部分はあります、これは多分御存じなんだと思うんですが。
そういった意味では、今私どもとして、今指摘のあったところで、あの出されました、資料が出ましたときと今と違ってどんなことをやっているかと言われれば、西暦二〇〇〇、電子申請・届出というものが可能な国の行政手続の割合というのは、二〇〇一年は一%なんです、あのとき、資料が作られましたとき。今は九六%になっておりますから、この次のところでいきますと、この部分は多分確実に大幅に変わる、点数が上がると思っております。
それから、いわゆる文書の保存を電子化できるという、いわゆるe―文書法というのが四月から施行されますが、これも、何というの、評価がかなり大幅に上がってくるんだと思いますので。
私ども、何となく世界の評判というのは私は余り気にならぬ方なんですけれども、世界の評判より実質の方がよっぽど大事だと思っていますので、現実問題として、田舎と地域の都市の差という方がこの種の国際的な評価なんかよりよっぽど大事なものだと私自身は思っているので、田舎の話をさせていただきますけれども、基本的に私はえらく、えらく田舎に、先ほど長谷川先生のお話に対してこだわりましたけれども、こだわってお答えを申し上げて恐縮だったんですが、例えばこの光ファイバーというものが、田舎に多分いたとします。そうすると、仮にだれかが、麻生太郎が倒れたと。医者が来る。救急車で来るのに四十分、そして搬送してしかるべき病院に運び込むのに更に四十分ということになりますと、合計、最低でも一時間半ぐらい掛かる計算になろうと存じます。そうすると、その隣のお医者経験者の方に聞いていただいたら分かりますが、血が一回ここで固まりますと、これ溶かすのに薬が要るんですよ、いろんな薬が、物によって。その薬を判断して注射をするということを医者は認めませんから、救命救急介護士はそれはできないんだ。医者が判断させるまでできないというルールになっております。
そういうときに光ファイバーがつながっていると、救急車は、今新しい救急車はデジタルハイビジョンというものになってきますと、そのデジタルハイビジョンを積んだ救急車からその自宅につながっているオプティカルファイバー、光ファイバーにジャックする、接続すると、基本的にはそこで八百万画素以上のものでばんと見えることになる。そうすると、そこに、それを見た東北何とか病院という、どういう病院だか知りませんが、そこにいる櫻井先生というのがそれを見て、早い話が、藤本君、これはアトロピンを打て、何やらいろいろ薬があるんですが、それを打てと。それによってこれは溶けるからと言って打たせる、これは医事法どおりですから。そうすると、その人は四十分間搬送されてくる間に実はその薬が効いて血塊が溶ける。着いたときにはうまく通っていて、まあ酸素吸入当てるぐらいにしても、一日お休みになったら翌日御退院ということは、遠隔医療というものができ上がるようになりますと可能になる。
田舎に逆に住みやすくなる、地方にいてもいいようになるということになっていくというように、私はユビキタスというのはそういう方向につながっていくべきものなんであって、何となく今いろいろな話が飛び交っていますけれども、具体的な例で申し上げれば、そういった方向にこの種の技術の進歩というのは使われてしかるべきものなんだと私自身はそう思っておりますので、この八位というのが、また先は、どの道、先は二位や一位には即なるんだと私自身はそう思っていますけれども、正直申し上げて、山がこれだけ多いんで、その部分が最後に残るところだとは思っていますけれども、かなりの部分は普及していき、それが結果として国民生活の利便に大いに供することを期待しております。
○藤本祐司君 今、麻生大臣がおっしゃったことが本当に理屈どおりできるか、後で櫻井先生にちょっと聞いてみますけれども。
確かに光と影の部分がありまして、地域間格差というのがあって、それを是正しなければいけないと。それはインフラの問題だけではなくて、やはり人の問題というのもやはりあるんじゃないかなというふうに思います。やはり、ユビキタスネット社会というのを考えてみると、どんどんどんどんそれが東京一極集中してきて、東京を頂点とした国内網ができ上がるとか、あるいは情報関連技術を持った人、人材がやはり東京に集中してしまって、地域プロバイダーなんかが成り立たなくなってしまうということもあるんじゃないかなと。そうすると、ますます地域間格差というのは広がってくる。特に、人材面でその辺の格差を是正するということも考えなければいけないと思いますけれども、その辺について御見解をお願いします。
○国務大臣(麻生太郎君) すごく大事です。地方の方に人がいなくなっている大きな理由は、多分インフラが地方の方が少ないとか、いろんな意味で、コンテンツを考えるとき、内容を考えるときにそういったもののチャンスが少ないとかいろんな理由があるんだと思いますけれども、少なくともこの種の話は大いに東京に集中しております。
そういった意味では、私どもとしてはICTの専門職の大学院の設立ということで、これは神戸と京都だと思いますが、これは正式にスタートをいたしております。ちょっとお待ちください、日にちまで、平成十六年四月に京都、今年四月に神戸でそれぞれ開校をすることになっておりますけれども、そういったものをやりましたり、もう一個御存じのように、これはただただ受けるだけとか送れるだけとかいうんではなくて、これは確実に影の部分のもう一つとしていわゆるハッカー、ハッキングの話が出てまいりますので、それに対応するためにはセキュリティーということになろうと思いますので、それの人材支援というもの、これがなかなかもうからない話ですから、全然、人を育てる、企業では育てないところでもありますので、こういったところに関しまして支援をしていきたいということで、この方向でも今新しい方向の人材活用ということで、こちらの支援やら何やら御指摘の点は大変大事なところだと私どもも考えております。
○藤本祐司君 もう一つ、影の部分ですが、影のことばかり言っていると前へ進まないので、本当は光の部分を進めていかないといけないということは十分承知の上でお話をお聞きしたいと思うんですが。
前々回、山本政務官が電子タグで、デパートへ行くと、その物の食べごろとか産地とか、その辺が全部分かるというお話がありまして、非常にこれは便利で安心な仕組みだというふうに思っているんですけれども、それと別に、例えばそういうことをやってしまうと、すぐにその食べごろが分かる、まあ皆さん多分そうだと思いますが、例えばメロン、静岡県はメロンの産地ですからメロン挙げさせていただきますけれども、例えばメロンの食べごろなんというのは、こうちょっと後ろを見て、ちょっと押してみて、香りをかいでみて、つるがどうなっているか、枯れ具合で食べごろが分かると。まあ、大体人間、五感を使ってそういうふうに、今までは我々は、例えばスイカがどうだとたたいてみるとか、そういうふうにして動物的勘といいますか勘どころ、そういったところを、感性といいますかね、それをだんだん高めてきたということを我々経験しているんですが、正にこういうことが、便利になってきますとそういうことがなくなってしまうと。
例えば、携帯電話があったときに、ほとんど計画性がなくなってしまうという話もありましたし、カーナビができると地図読めなくなっちゃうとか方向どこに今向いているか分からなくなっちゃうとか、そういういわゆる、まあ最近の言葉で言うと人間力の一つなのかもしれないんですが、そういうのが失われてしまうというか、という話もある。だからといってやめるという話じゃないんですけれども、この辺は行け行けどんどんでやっても、そういう部分があるので、逆にそういうところをフォローするということも必要なのかなと。
これ、総務省がフォローするというか、例えば文科省でそういうところの教育だとかそういうこともやりながら、縦割りで考えるんではなくて、ユビキタスネット社会というのはこういうことがあるから、こういうマイナス面はどこかほかの横のネットワークを使ってフォローするというようなことも必要なんじゃないかなというふうに思っておるんですけれども、ちょっと御所見をお伺いします。
○国務大臣(麻生太郎君) 一番分かりやすい例で、ワープロができたおかげで漢字が恐ろしく駄目になった。習字が書ける、皆手紙はすべてワープロになって、日本語は、習字なんというものが時間量が減っていますし、何というのかしら、手書きを書くというのが、手紙が減ってiモード、Eメールになった等々、いろんなもので今言われたようなところがかなりほかにも一杯出てきているんだと思いますが、これをちょっと総務省で何とかしろと言われてもちょっとなかなか難しいところなんで、これは御本人一人一人の教養の、教養とか本人の自覚によらないかぬところなんだと思いますが、こういったことを、こんなことばっかりやっていると漢字が書けなくなりますよ、何でワープロ、何、転換、何、文字転換でどんどんやっちゃうと駄目になりますよとか、まあいろんな点は、私は、もう便利なものですからついついそっちに流されて、辞書を引くより何となくこれでやった方が早いなと思ったりするところも一杯あるんですけれども。
そういった意味では、今言われたようなことは、まあこれだけ電気が明るくなったものですから、あの、昔のところでいえば何でしょうね、ラスコーの壁画なんて、あれ真っ暗の中でかいておるわけですからね。あれどうやってあのラスコーの壁画かけたんだよ、てんこの中のあれはどうやってかけたんだよと言われれば、多分ほとんど何にもない中であれかいているんだと思いますけれども、あれが今の普通の健常者でかけるかといえば多分かけないんだと思うんですね。お香のにおいをかいでぱっと当てるなんというのは、まあ利き酒ならともかくも、ちょっとお香のにおいをぱっとかぐって、あれ普通の人で皆できたそうですから。
とても今は、電気がこれだけあって見えるようになったらできなくなってきているというような、やっぱり五感はかなり悪くなってきている部分があろうと思いますので、これは個々人でやっぱりきちんとして、そういった点はちゃんと注意しとかないかぬという喚起を促しておくということは大切なことだと存じます。
○藤本祐司君 正に、それはそのとおりだと思いますし、また日本の場合、伝統工芸といいますか伝統技術って、もうこれ触るだけで〇・一ミリの誤差が分かるとか、そういうのもどんどん機械化すると、ということもあるので、まあその辺は産業面でのフォローとかということが出てくるのかなというふうに思っています。ありがとうございました。
それでは、ちょっと話を変えまして、マスメディア集中排除原則のことについてちょっとお聞きしたいと思います。
これは御承知のとおり、昨年の、昨年、西武鉄道の株主虚偽記載をきっかけとして、日本テレビの渡辺恒雄氏の所有株式のやはり実質的所有者は読売新聞グループ本社だったということの中で、総務省が各民放に対して報告義務を、報告させたと。そうしたら、この一月の十九日でしたか、発表によると、そのマスメディア集中排除原則の持ち株部分のところの違反が五十五社あったということでございます、それからこのマスメディア集中排除原則の問題が少し取り上げられたわけなんですけれども。
お手元に配った二枚目の「マスメディア集中排除原則」という、こういう横の紙を見ていただくとお分かりのとおり、これは簡単に言ってしまうと三事業、新聞、テレビ、ラジオですね、これの兼営支配の禁止というのと複数局支配の制限を言っているわけでありまして、出資比率は、例えば放送対象地域が同じで重複するような場合は十分の一を超える議決権の保有を禁止していると、そして放送対象地域が重複しない場合は五分の一以上ですね、ここは以上の議決権保有を禁止すると。そして、役員規制も、五分の一を超える役員の兼務を禁止して、代表権を有する役員、常勤役員の兼務を禁止するというものであります。それにつきましてはもう一つの縦書きの「支配とは」というところで御説明してありますけれども、こういうことが簡単に言えばマスメディア集中排除の原則ということでございます。
そこで、一つお聞きしますけれども、麻生大臣にお聞きします。そもそもこのマスメディア集中排除の原則の趣旨ですね。つまり、何ゆえこういうものが設けられて、これは一九五七年、五九年にその考え方が導入されていると思いますが、何ゆえこの原則が設けられて、期待される役割としてはどういうものがあるんでしょうか。
○国務大臣(麻生太郎君) 放送法は、御存じのように、元々、昭和二十五年にでき上がって、それ以後、三十四年、平成七年、平成十何年と何回か変遷をしてきているんだと思いますが。
基本的には地方で、特にこれFM放送やら何やらが出て、地域にいろいろなメディアというものをやっていくときにいろいろ言われたんですが、地域のそういったメディアを育てないと、一本になったりみたり、まあ日本じゅう五つ、四つでばっと仕切られるというのはいかがなものかと。地域には地域のそういったものを育てないと、いわゆる民主主義として意見というものがまあ偏ったことになりかねない、偏る。そのためにはなるべく地方にいろんな意見を出すようにすべきということで、まあ一割ということで、一〇%ということで最初スタートしたのは、元々は排除、集中はして、特定のメディアに全部五〇%握られちゃうとか、隣の県も五〇%一社に握られちゃうとか、私のところでは西日本新聞が、福岡県も何県もない、全部押さえちゃうというようなことになるのを避けるというのが本来の目的だったと存じます。本来、目的を聞かれるんであればそうだと思います。
○藤本祐司君 つまり、マスメディア集中排除原則の中に、言論、情報の中央集権的な支配というのは排除して地域独自の放送を有するようにしましょうということと、もう一つは、当然、民主主義の根幹であります言論、報道の多様性と多元性というもの、そして言論、報道の自由市場の確保というのがそもそもの目的といいますか、趣旨だったんだろうというふうに思います。
そして、ちょっと先ほどの話に戻りますと、一月十九日に五十五社の持ち株違反というのがあったわけでありまして、これは総務省さんが放送法に基づいて電波をこう、まあ電波法になりますかね、電波を割り当てるわけなんですけれども、そのときに免許を交付する、そして再交付するわけですが、そのときの多分、審査項目になっているはずなんですけれども、この五十五社という非常にたくさんの会社が、企業が違反をしていた、それはなぜ見付からなかったのか、その辺の原因の究明といいますか、その辺りは総務省としてなされているんでしょうか。
○政府参考人(堀江正弘君) 具体的な事務手続ないしは考え方でございますので、私の方から説明させていただきます。
ただいまおっしゃいましたように、再免許に当たりましてはいろいろな書類を出していただくわけですけれども、株の所有関係でありますとかいろいろな書類を出していただきます。
平成七年の一月に審査基準というものを改正いたしまして、一の者が有する議決権の扱いにつきまして、名義貸しや子会社保有の議決権についてもカウントすると。実質的にだれが持っているかと、こういう意味ですね。そういうものもカウントするという旨の基準を定めました。平成七年に改定したわけです。従来は明確でなかった他人名義の株式の保有や子会社を通じた間接支配の状況把握を可能とするということで、そういう改定をしたわけでございます。
これによりまして、放送局の再免許の際には、他人名義による議決権の保有については、一〇%を超えるおそれのある場合について、申請者より調書の提出を求め、その確認を徹底することとしたわけでございます。
しかしながら、私どもとしては、提出された書類を基にして審査をするということでございまして、これがちょっとおかしいじゃないかといいますともちろん聞きますけれども、立入検査とかそういうことをやるという権限ございません。したがいまして、提出された資料を基にしてずっと審査をしてきたわけでございます。
しかしながら、先ほどおっしゃいましたように、昨年十一月以来の、まあ問題になりまして再点検いたしましたところ、いろいろなルール違反の事例が出てきたということでございます。
そこで、なぜそういうことが起こったのかと、あるいは、どういう理由で会社の中でも徹底されていなかったのかというようなことを個別に会社の方から事情を聴取いたしました。そうしましたところ、大体大きく三つぐらいに理由といいますか、そうなった原因というのは分かれるかと思いますけれども、一つは、そもそもマスメディアの集中排除原則に対する正しい理解と認識が徹底されていなかったと、欠如していたということがございます。例えば、名義株と合算して判断されるということを十分認識していなかったという事例すら現れました。
それから二つ目は、社内の管理体制に遺漏があったと。これは株の管理をしている系統と、例えば再免許等の許認可手続を担当している部門が違うといったようなことがございまして、株の管理をしている方から書類を渡してもらってそれをそのまま役所に出しているといったようなケースでありますとか、あるいは株主名簿と配当金の振込先を照合することを怠っていたとかといったようなことがございまして、一つの会社の中でも管理体制に遺漏があったというようなことがございます。
それから三つ目として、その名義株の存在を知ることが容易でなかったと。先生、先ほどお配りになりました資料で二枚目に付いてございますけれども、一つの地域で、ある個人なり会社が二つの放送事業者に対して議決権を有する株を持つと、まあこういう事態になると。で、放送事業者側にとってみますと、例えば新聞社とします、株を持つ方がですね。で、私の会社の株をAという新聞社が持っているけれども、そのA社がほかのどこにどの程度持っているかということは実はよく分からないと。しかし、A社が別の会社について同じ地域で一〇%以上同じように持っていれば、一〇%を超えて持っていればそれはルール違反になってしまうというようなことがございますですね。その辺りは、会社としても必ずしも分からないというような状況もございます。
それから、配当がそもそも行われていないような場合には、先ほど申しましたように、チェックの仕方がなかなか十分でないといったようなこと、まあいろいろございますけれども、いずれにしましても、こういうような事情でなかなか守られていなかった事例が出てきていると。
私どもとしては、従来、そういうものを出されていた下で審査をしてきたわけですけれども、これはちょっとこういうケースがたくさん出てきたということを十分反省して、これからのやり方も改めなければいけないのじゃないかと、そういうように今は考えている次第でございます。
○国務大臣(麻生太郎君) 今のやつを全部足しますと五十五じゃなくて七十一になります、今の数字を全部足すと。今種類が全部違いますので、五十五社というのは下の三つを入れて五十五社、全部足しますと七十一社になると存じます。
その上で、先生、これは基本的には強制調査権がありませんから、出されたものは一応信用せぬといかぬという話なんです。これが難しい。おまけにオーナー会社が新聞社ということになりますと、これは監督官庁がないということになりますので、それもまた話を難しくしております。それがまず具体的に出てこない一つです。
で、もう一点は、多分もしそれ見られたら分かると思うんですが、先生の出身静岡、静岡は余りあれなんですけれどもね、これ田舎に行くほど多いんですよ。で、これはどうして田舎に行くと、鹿児島とか、鹿児島が田舎と言うと怒られるかもしらぬが、資本の絶対量が足りないんですよ。だから、そういったところに行きますと、資本家で一〇%の配当も来そうもないような株を持ってくれるやつがいないんですって。そうすると、結論、同じ人にみんなお願いに行かぬといかぬということになると、その人の会社じゃ持てないと。だから、ちょっとおまえ、これ名義だけで何とかしておけとかいうようなことになっていくというのが、これ経済の実態としてはありますので、その一〇%条項とかいうものは、これはもう一回ちょっと正直その地方については、県外だったら二〇にしていいとかいろいろ緩和しつつはあるんですけれども、この点につきましては具体的に、じゃ持てなかった場合はそこはつぶさにゃしゃあないということになりますので、そうするとその分だけ親会社が買うと。親会社というのはRKBだったり、もっと上に行けばTBSだったりすることになりますと、これまた、何だ元のもくあみじゃないかということになりますので、そこのところの考え方は、現実問題の経済力というか地域における資本というものと、ちょっと一回考えにゃいかぬかな。
特に今、御存じかと思いますが、どんどんハイビジョンにしていきますと、新たに資本増、増資をやらぬととてももたぬということになっておりますので難しいところかなというので、これは検討せにゃいかぬところだと思っております。
○藤本祐司君 麻生大臣おっしゃるとおりですね、この辺の成り立ちというか、テレビ局の成り立ちを考えていくと、まあある意味理解できる部分があるんですが、そうはいっても原則としてそういうのは残っていて、最後に多分、放送法で一九八八年に放送法の中にこれは法定、法文として入っているんだと思いますけれども。それと、先ほど平成七年でその名義株という部分をチェックするようになったということですから、随分長い間放置されていたということだけはこれは事実だと思います。管理できない部分というのはあるんだろうとは思いますが、こういうこともあったという事実をやはり重く受け止めていただければというふうに思います。
もう一つ、その役員規制違反というのがある。その一つの、先ほど支配の中に、五分の一を超える役員の兼務とかというふうに、代表権を有する役員の兼務というのをこれも禁止されているんですが、これ役員兼務違反というのはあったんでしょうか。
○政府参考人(堀江正弘君) 今回の違反事例は、いずれも出資制限の上限を超えた事例でございまして、役員規制に反する事例はなかったということでございます。
○藤本祐司君 そして、先ほど麻生大臣も正におっしゃっていたように、この新聞と放送とローカル局といいますかね、その辺のところが正に一体化してしまっているというところが一つの、まあ一つのやはり問題ではあろうかなというふうに思います。
先ほど配付された、配付しましたこの例外規定というのがこの最後の一番下にあるんですが、ここは非常にこの原則の例外が多くて、正直言って私もこの集中排除原則、勉強すれば勉強するほど頭が混乱しちゃいまして、何が良くて何が駄目なのかというのを実は整理するのが非常に大変だったんですが、ここの例外規定を見ていただくと、例外として、同一地域で地上放送のテレビとAMラジオの兼営は認めると。これラテ兼営と言っているようなんですが、これは認めると。ただし、それに新聞が加わった場合の支配は認めないと。ただし、ただしで、またただしが多いんですけれども、これただし書で、ニュース又は情報の独占的頒布を行うことのおそれのないときは構いませんよという話があるわけなんですけれどもね。
事実上、今おっしゃいました資本のこともあって、新聞社がテレビ局、ラジオ局の資本を持たなきゃならないということになると、各都道府県すべてですね、まあすべてなのかちょっと、私の県なんかは、静岡新聞社があって静岡放送があってSBSラジオと、これ全く同じグループなんですよ。こういうことがほかの都道府県でも一杯あるわけで、これはほとんどこのテレビ、AMラジオ、新聞の支配を認めないというのの例外のただし書で、独占的頒布を行うことのおそれがないものに全部当てはまってしまうんじゃないかなというふうに思っておりまして、その独占的頒布というのをどういう基準で、まあ判定基準がよく分からないと、もうすべてがオッケーになっているのに何でこんなものが残っているのかという素朴な疑問なんですが、その判定基準というのを教えていただきたい。
○政府参考人(堀江正弘君) ただいまおっしゃいましたように、いわゆる三事業支配ということに係るお話でございますが、中波とテレビとそれから新聞という三つのマスコミを、いわゆる法令用語で言います支配ということ、それを原則禁じているけれども例外があると、こういうお話でございます。で、その例外といいますのは、繰り返しになりまして恐縮ですけれども、その新しい局が開設されることによりまして、その一の者がニュース又は情報の独占的頒布を行うこととなるおそれがないときは、この限りではないとなっております。
そこで、この独占的頒布を行うことのないおそれというとき、おそれがないときという場合でございますが、これは放送対象地域内の新聞の販売シェアでありますとか、あるいは同一放送対象地域内での放送局の数でありますとか、あるいはその他そういったものを総合的に勘案して運用してきているということでございます。例えば、ほとんどの地域では放送局は一つだけということはない状況でございますし、それから地域の新聞の販売シェアも相当高い地域は少なくございませんけれども、まあ全国紙、その他ローカル紙もございますので、そういったことを勘案しての結論ということでございます。
○藤本祐司君 要するに、こういう独占的頒布というののおそれはもう余り意味がないんじゃないかと、解決されてしまっているんだというふうに思うんですね。
というのは、例えば民放の数、各都道府県の民放の数でいうと、じゃNHKはもうこれはあまねく全国にというのがあるわけですから、もう恐らくそれですべて映る話が前提です。民放でいうと、二社しかないところというのは徳島と佐賀県ぐらいで、大体あとはもうそれ以上あるわけなんですが、佐賀県なんかは、麻生大臣もお分かりのとおり、福岡の電波も入るし長崎の電波も入るので二社だって別に構わなくて、逆にもう本当にいろんな多元性があるし、いろんな多メディア多チャンネルになっているわけなので、この辺でもうこういうただし書と、あるいはこの第三項というもの自体がほとんど不要なものになっているんじゃないかなというふうに思うんですけれども、どうでしょうか。大臣に、是非、大臣に御見解を。
○国務大臣(麻生太郎君) だれかがこの間、予算委員会でしたっけね、四十キロのスピード制限なんて何のためにくっ付いているんだと。あんなもの、だれも守っているやつおらぬやないかという御指摘があったので、あれは元々はマイルとキロと読み間違えたのが始まりだそうですけれども、言ってみりゃイギリスから入ったものですから、イギリスではマイルだったんですって。それが日本に入ったときにキロでやっちゃったもんだから、十八キロの差、あっ、十六キロの差が出たのが本当なんだとこの間ある偉い方から教えていただいたんですが、それはまあちょっと余談になりますけれども。
今の話と同じように、やっぱりこれはそれなりに、これは全然なくてノーズロになって、ノーズロなんて品のないこといかぬですね。何も無制限になっちゃうとちょっといかがなものかということになると思いますので、今おっしゃるようにかなり形骸化している部分はありますけれども、これが全くなくなっちゃうとどうかなという感じもいたしますので、今御指摘の点は、十分に検討に値するところだと思っております。
○藤本祐司君 それと、やはり大手新聞とキー局、ローカル局の話なんですけれども、結局、全部系列化して今いるわけですよ。
これは二つの意味で危険かなというふうに思っていまして、一つは、やはり新聞と放送が一体になっている。これは恐らく私の知る限り日本が特殊で、ほかのところ、アメリカにしてもこれ全く違うし、緩和の方向に行ってはいるものの、まだやはり新聞と放送は全く別物であるわけでして、ヨーロッパ行っても公営放送があそこは発達していて、逆に民放がなかなか発達しなかったということもある、成り立ちも違うのかもしれませんけれども。そういう意味で、新聞と放送が一体になっているというのはほとんど日本だけだと。
先ほどおっしゃったように、資本の問題があって、新聞社ぐらいしか各地域で資本出してくれるようなところもなかったと。あるいは、テレビ局ができるときに、日本テレビができたときも、やはり朝日、読売、毎日の資本を元にして日本テレビが設立されたというような経緯、民放で一番最初ですからね、日本テレビは。そういうような経緯もあったということはあるんですが、やはりこれは新聞と放送、多元性の確保という点からは、やはりちょっと異常な状況になっているというのが一つと、もう一つ、先ほど麻生大臣が、新聞社に対しては総務省は全く何の、何を言う権利もないんだというお話があったんですが、逆に言うと、放送局に対しては免許を交付する立場にあるわけですので、逆に、それが新聞と放送局が一体になっていれば、結局、放送局に対して関与しているということは、ある意味間接的に新聞社に対して関与するということも考えられるわけですよね、可能性としては。ある考え方としては、そういう新聞社の関与というのを結局、放送局を通して新聞社に関与するというようなこともあり得るわけですよ。
そして、キー局が実際にはローカル局へ出資もしているし、新聞社も、大手新聞社も、例えば読売新聞なんかでいくと四十数社、局へ出資をしているとか、こういうことで、もう本当に一体になってしまっているということというのが非常に異常な状況なんじゃないかなというふうに思っておりますけれども、その件についていかがですか。
○国務大臣(麻生太郎君) 一つの新聞社の発行部数が六百万部、少年ジャンプを超えておりますから、その意味においては物すごく大きいですよ。クオリティーペーパーというのは普通、タイムで四十万部ぐらい、ワシントン・タイムズで三十数万部だと思いますけれども、それが大体クオリティーペーパーというものの基準なんだと思っております。ところが、日本の場合はオーダーが全然違って、六百とか七百とか一千万と公称になっておりますのは、そこからしてまず藤本先生、普通じゃないと思っております。それが一つ。
それからもう一つは、やっぱり日本の場合は非常に縦に長い、地理的な条件もございますので、その意味もあって人口密度が非常に高い。アメリカの十一・五倍ということになりますので、それからいきますと、基本的にはメディアやら何やらが、山やら何やらが多いとはいえ、かなりな部分つながりやすいというところも二つ目の条件として、物すごく広いところで電波を飛ばす必要がないというところもありますので、一つのステーションを建てればばっと行きますので、かなりな部分は。そういった条件があって今言われたような状況になっているんだと思っておりますが、基本的には、今言われたように、民放五社とよく言われるような形だけに集約されてきている。まだ五社あるだけまだいいのかもしれませんけれども、五社もなくなって一社か二社になった方がよっぽど問題だと思いますが、五社もあるだけまだいいのかもしれませんけれども、いずれにいたしましても、こういったものはかなり偏ったものに集中している。
ただ、幸いにして新聞は、ちょっと静岡の事情は知りませんが、五大紙が一番になっているところは、九州じゃ熊本なら熊本日日、西日本新聞が福岡じゃ一番という意味で、やっぱり河北新報とか、いろいろな意味で、地方の新聞というのは五大紙、いわゆる朝、毎、読というものがその地域紙を超えて一位になっている県という方が少ないというのが実態だと思いますので、そこらは救いかなと思わないわけではありませんけれども、いずれにいたしましても、そういった地方紙の新聞を見ましても、論説を見ますと、郷土の配信が大体二、三日遅れで載っかっているというような傾向も多いような気がしますので、これはよほど各地の地方紙の方もそこらのところを意識して、論説を育てる等々の努力は、これは地方紙の方でしていただかない限りは、いわゆるそういったマスコミというものの衰退を招きかねぬ状況になりかねないと、私自身はそう思っております。
○藤本祐司君 静岡も静岡新聞が圧倒的なシェアを持っておるんですけれども、新聞はそうなんですけれども、じゃ、先ほど放送の話で、地域の独自の放送を育てるんだよというお話がありましたけれども、キー局とローカル局がこれまた結び付いちゃっているわけですよね。ある、いわゆる我々の地域、地元へ戻ってテレビを見ると、ほとんど東京のものが見れるわけですよ。要するに、地域の自主制作というものの番組というのは物すごい少なくて、実際にはこの地域独自の放送を育てることもできない。経済環境がそういうふうにさせているのかもしれないんですけれども。
ですから、新聞は、各地域の新聞というのはシェアは高いんだけれども、放送に関していうと、我々は見ているのはほとんど東京で見ているのと同じものが九割程度だというふうに思っていますが、もし数字が分かれば教えていただきたいんですが、地域独自の番組のシェアといいますか、これはどのくらいでしょうか。
○政府参考人(堀江正弘君) 若干、一、二年データをさかのぼりますけれども、平成十五年の再免許の際に放送事業者から提出された書類によりますと、民間テレビ放送事業者が百二十七社、平均で一二・七%が自主制作番組の比率という具合になってございます。
○藤本祐司君 百二十七社で一二・七というのは、何かとってもいい数字、分かりやすい、一、二、七が全部並んでいますね。ということでありますけれども、本当に我々も、戻ると天気予報と地元のニュース以外はほとんど見たことがないという状況なので、その辺もやはり一つの問題点なのかなというふうに思います。
もう最後にしますが、今日このようなお話をさせていただいたのは、実はユビキタスネット社会をつくろうということの中で、放送と通信の連携強化ということがあります。実際、我々ユーザー側から見ますと、放送と通信というのはもうほとんど区別を付けていないんじゃないかなと。どれが放送でどれが通信だということもほとんど、もう我々テレビなりあるいはインターネットを見ている、あるいはもうインターネット、テレビが一緒になっちゃっていますので、この辺が大分融合してきているんじゃないかなと。そこを論じること自体がもうナンセンスで、もう放送と通信は一緒なんじゃないかなという思いがあって、そして多メディア多チャンネル時代になってきている。その中で、実際にこのマスメディア集中排除原則というのを今のままで残しておいていいのか。もうちょっと緩和することも検討するような段階に入ってきているんじゃないか。あるいは、もうそれ自体なくしてしまうという考え方も、多メディア多チャンネルですから、あるんじゃないかなというふうに思っています。
私が昭和三十二年、一九五七年生まれで、このときにこの考え方が導入されてきているんだと思いますが、ずっと、ですから私が今までテレビを見てきたものというのはほとんどそういう一体化した、新聞、テレビ、ラジオが一体化したものをずっと受け取ってきたんですが、今の時代はもう多メディア多チャンネルになっていますので、特に偏向された情報というのを受け取るということの方が難しくなっているような気がしてならないものですから、このマスメディア集中排除原則というのが本当にこのまま必要であるのかと、もう携帯電話、インターネットの普及とともに一つの転換点に来ているんじゃないかなというふうな思いが一つあるということです。
さはさりとて、やはり新聞と放送というのはメディアの性格も違います。例えば、保存性があるとか消滅性が高いとか。我々の情報というのは、大体七割から八割は視覚で入ってくるもので判断をします。ですから、新聞で読むのとテレビの画像で見るのと、画像ですと七割、八割、そこの、見た瞬間に我々は情報を判断するということで、もうメディアの性格が違う。その違うものが全く同じ形で一体化されていくこと自体が本当にいいのかどうかということなんですね。その辺についてはやはりそろそろもう考える時期が来ていて、インターネット、ネット社会、ユビキタスネット社会になってくればますますこの転換点に立ったということを実感するわけですので、そこを考えなければいけないなという思いでございます。
最後に、麻生大臣、その点について御見解をお聞きしまして、私の質問を終わりにします。
○国務大臣(麻生太郎君) ICTの進歩がここまで来ますと、どこからが情報でどこからが放送かというものは、今日では一方通行から少なくとも双方向、放送に関しても双方向ということが、デジタルハイビジョンなんていうことになりますと、そういったことになってきますと、放送と情報の区別はなかなかしにくいということになっていくのは間違いない。私も、そういった流れにおいてはそう思っております。
しかし、現実問題としては、今言われたように、集中排除原則という点からいくと、だからますますそこのところはよっぽど集中やら何やらをきちんとしておかないと、気が付いてみたら、知らない間に更にずうっと資本が訳の分からないうちに広まっていて、特定の資本に全部押さえられていると。今のマスコミは、何もフジテレビに限らず、状況としては、私は、わんわんわんわん皆いろいろなことを言っておられますけれども、私に言わしたら、随分前から御指摘があったんじゃありませんと言いたくなるところが一杯ありますよ、正直なところ言って。ですから、そういった意味じゃ今のような形で特定なところに支配されないようなことにするという配慮は同時にしておかねばならぬ大事な点だと思っております。
2005年03月18日
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