郵政民営化に反対し、自民党を離党させられた無所属議員の復党をめぐり、復党容認派と慎重派が綱引き(Tug of War)を始めたようだ。補欠選挙が終わり、今後ますます議論が激化するであろう。
来年の参議院選挙に向けて、自民党の勢力を拡大しておきたいという思惑があるのだろう。また、毎年1月1日時点の現職国会議員数を基準に政党交付金の額が決まるため、年末までに自民党の国会議員数を増やしておきたいという気持ちもあるのだろう。さらに、落選した前議員も復党してもらおうという意見もある。おかしな話だ。
私から言わせれば、安易な「復党はありえない」し、「あってはならない」。政党は、もともと色々な立場、経験を持った人の集まりである。意見の食い違いがあって当たり前である。食い違いがないほうが不自然だ。
政党のトップは全知全能の神ではない。そのため、所属議員等の意見を聞いて、それをとりまとめ、政党の意見として統一見解とする。政党には色々な人がいるからこそ、国民の代表としての役割を果たすことができるのだ。
政党内では意見を戦わした結果として結論を出す。政党人は、政党が出した結論に従うことが基本である。それでもなお、その結論に納得できない場合は、自ら離党するのが筋だ。人に促されて離党すること自体がおかしい。昨年の郵政民営化の時も、造反議員に対して「最後まで反対を貫いて偉い。信念がある」という評価をよく聞いた。半分は正しいかもしれないが、半分は正しくない。自ら離党届を出してから反対票を入れるのが筋である。そうでなければ、政党政治は成り立たなくなってしまう。
昨年の郵政民営化に同意できないとして反対した議員が、造反議員として離党した(させられた)。その離党した造反議員が復党するということは、意を翻して、郵政民営化に賛成することになる。たとえ、自民党総裁が小泉さんから安倍さんに代わったとしても、郵政民営化法は生きている。その法案を通したのは、自民党と公明党であることは厳然たる事実であって、消すことはできない。
今後、同じようなことが起きる可能性もある。法案に反対しても、1回の選挙を耐え忍べば復党できるのであれば、造反議員がたびたび出るかもしれない。また、たとえ個々の候補者が、政党が示したマニフェストの政策と異なる意見を持っても、有権者は違和感を持たなくなるかもしれない。そうなれば、政党のマニフェストは意味が薄れ、選挙の時、有権者は政党を基準に投票しなくなる。
復党を安易に許してはいけない。勢力争い、権力闘争、政党交付金目当ての復党論議をしていると、国民から見放されてしまう。同じ国会議員として、嘆かわしい。
2006年10月24日
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