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2012年04月18日

vol. 146 過去の概念と決別する時

 「必要は発明の母」と言われる。必要性が高まれば高まるほど新たな発明の可能性が高まるということだ。IT技術の進歩とITの日常生活への浸透をみると、まさしく「必要は発明の母」であることを感じる。私が子どもの頃、腕時計のような、今で言うコンピュータを使って映像付きで通信や電話ができるアニメがあった。スマホやタブレットPCの登場で空想が現実のものになりつつある。

 原発の再稼働が社会問題になっている。そもそも原子力発電も「必要は発明の母」の結果生まれたものであろう。原発が稼働しなくなったら産業界に大打撃を与え、日常生活を送れなくなると言う。今すぐに原発に替わる電力は見つからないことを考えれば、それは本当だろう。しかし、何年か経てば原発なしでもなんとかなるという期待を捨てることはできない。人口は減り、産業構造も変わり、省エネ技術が高まるから電力需要が小さくなる。原発を一旦稼働させたとしても、例えば10年後とか20年後には原発がゼロになっても生活に困らないかもしれない。
 私は科学者でも専門家でもないので、その可能性がどの程度高いか低いかはわからない。ただ、これまでの人間の科学技術の目覚ましい進歩をみると、何年か後の原発なしの生活はあながち夢の世界とは思えない。
 福井県の大飯原発の再稼働の是非を巡って議論しているうちに、複数の企業は自家発電設備の投資を検討し始めた。年々自家発電設備の性能は良くなるだろう。また、昨年の東京電力の計画停電の際には企業自らが輪番操業を取り入れた。経済のグローバル化の状況を考えると、日本国内だけで生産活動が完結できなくなっているのだから、輪番操業や休日操業・平日休業も特別なことでなくなるかもしれない。
 さらに今年は家庭用扇風機がバージョンアップしている。形もスタイリッシュになり、温度を関知して風力を自動制御する扇風機や、夜間電力で蓄電して半日以上も電気なしで持続する扇風機などが次々に販売されている。昨年、品不足に陥って急いで扇風機を購入した人が「今年まで待てば良かった」と残念がるほどわずか1年でめまぐるしく進歩している。まさに「必要は発明の母」である。
 生き残る企業は柔軟だ。「過去の概念で現在を語る者は決して未来を築くことはできない」とチャーチルは言った。東日本大震災は、「過去の概念を捨てよ」と私たちに教えているように思う(2012年4月18日)。
posted by 藤本祐司事務所 at 18:19| Comment(0) | TrackBack(0) | ::: 藤本ゆうじのホンネ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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