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2008年05月17日

教育基本法に関する特別委員会

165-参-教育基本法に関する特別…-8号 平成18年12月05日


○藤本祐司君 民主党・新緑風会の藤本でございます。

 十一月三十日に続きまして質問をさせていただきたいと思いますが、ちょっとせきが出るというか、風邪を引いてしまいまして、この教育基本法の特別委員会開始と同時にちょっと風邪を引いてしまいまして、教育基本法というウイルスとタウンミーティングというウイルスが私の体の中に入り込んでしまったので、是非官房長官におかれましては、このタウンミーティング、さっさとうみを出していただいて私の中からウイルスを取り除いていただきたいということと、あと教育基本法に関しましても取り下げていただければ私の体のウイルスがどこか飛んでやっと治るということがございますので、是非よろしくお願いしたいと思います。

 今日の午前中のいろいろ蓮舫さんなんかとのやり取りを、伊吹大臣とのやり取りを聞いておりまして幾つか考えたことがございまして、ちょっと通告がない部分もございますけれども、ひとつ、もしよろしければ御容赦いただきたいと思います。

 やはり私も、私、実は来年二月に五十歳になりまして、私……(発言する者あり)ありがとうございます。私の時代と今の時代は大きく様変わりしたなというふうに思っているんですが、本当にいろんな点で四十年前と比べると変化があります。そういう意味で、教育に関する環境という、子供あるいは大人も含めての環境が大きく変わってきているんだろうというふうに思っておるんですが、一番変わったなというふうに感じるところは、私の時代というのは、小学校に入って中学校に入り、義務教育を受けると。いい高校に入れと。いい高校に入ればいい大学に入れると。いい大学に入れればそれなりにいい会社に入って、将来、未来ある、将来が豊かな生活が送れるぞということで、半分だまされながらもそれをやってきて、比較的それに皆さんが一生懸命努力をして、その努力のかいがあるという、そういう時代だったのかなというふうには思うんですね。私の場合、高校のときに自分が勉強が嫌いだということに気が付きましたので、もっと努力すればまた違った人生だったのかもしれないんですが。

 ただ、今の時代というのは、むしろ努力をしても努力のしがいがないといいますか、そういう部分というのが大きく違うんではないかなと。というのは、いい大学に仮に入りましたよと、そしていい会社に入ったとしても、その会社がいつまで存続するか分からないとか、あるいは必ずしもいい大学に入っていなくても、自分である才能を見出してやれば、それで頑張っていわゆる将来を豊かなものにできると、そういう時代になってきている。

 その辺が、私どものときは、とにかく頑張って努力すればその努力に報いることができるんだよということを言われて、本当にそうなってきた部分というのが強かった。ところが、今はそうではない部分というのが非常に多いと。かなり学歴というのが当てにならないものになってきているということで、子供に、頑張れば将来明るい未来が開けるよということを言っても、なかなかにわかに信じ難い部分があったり、その辺りが大きく違ってきているんじゃないかなと。

 私のときは、とにかく一生懸命頑張ればお父さんのようにはならなくて済むよとか、そういうことで頑張ってきたという部分があるんでしょうけれども、そこのところが大きく違うということは、学校教育と職業というところが継続的ではなくて、どこかそこでつなぎ目というか、溝というか、そういうところが大きくなってきているんではないかなというふうに思いまして、そうなってくると、学校で一生懸命勉強するということが、本当に好きな子は勉強するかもしれないけれども、そういう努力が報われないかもしれないと思うとそこで勉強をやめてしまうというようなことが起きるとなれば、この教育ということを考えたときに、やはり職業ということとそのつなぎ目をどうつないでいくかということが非常に重要なことなんだろうというふうに思うんですけれども。

 今回の政府案に関して、その辺りについてはどこでどのような担保をしているというか、そこの辺りをちょっと教えていただきたいんですが、あと後ほど民主党の方にもお聞きしたいと思います。



○国務大臣(伊吹文明君) まず、私もウイルスに感染しないように、基本委員会が終わると必ずうがいをいたしておりますので、先生も是非うがいをお勧めいたしたいと思います。

 それで、今おっしゃったことは非常に広範な問題を含んでおりまして、一概にお答えするのも難しいし、ある意味じゃ文化論のようなことに言及しないといけないのかも分からないと思うんですが、私の世代と先生の世代にはまた十数年の差があると思いますが、やはり貧しいときは、やはり人間でも動物でも小さなときは成長力が非常にあるんですね。ある程度大きくなって成人になると、背丈も伸びませんし体重も増えてまいりません。それと同じようなやはり成熟した社会というものが日本にやっぱり来たということが一つ。

 それからもう一つは、ですからそのときはもういい学校に、先生の御表現で言えば、いい学校に行って、いい企業に行ってたくさん給料をもらって、社会的に認められるということが割にやりやすい社会状況だったんじゃないでしょうか。今はまあ、よく言えば安定成長、成熟時代に入って、若い元気な伸びるような力というのは、日本経済にはやっぱり昔と比べて少し少なくなってきておりますね。

 そういう中で、頑張るということというのがどういう意味だったのか。つまり、学校の階段を上っていって社会のいい会社に入るという意味での頑張りはなかなか難しい状況になってきていると、私もそう思います。しかし同時に、学校ということを頑張らなくても一獲千金を当てる人は結構出てきているということも事実ですね。だから、学校教育が非常にそういう意味じゃウエートが下がってきたということは御指摘のとおりだと思います。

 一番問題は、そういう状況をやはり改善しようとして、今のこの日本の一連の流れというのは、自由競争原理への復帰という流れがやっぱり強いですよね、率直に言うと。これは社会主義、共産主義でやっぱり繁栄した国家がないというのは、これは歴史の事実が証明をしているわけですね。そうすると、自由競争原理で社会を動かしていくというのがやはり人間の本性に合っていて、やむを得ないことなんだけれども、やはりこの制度にもこの制度の弊害があるというか、副作用があるんですね。今出てきている現象は何かというと、格差という問題がありますが、格差というのは私は悪いことじゃないと思います。問題は、格差の結果、勝った者のおごりと負けた者のあきらめが出てくるというところに問題があると思いますね。それと同時に、自由競争原理というのは、結果を追求する余り、法律あるいは法律以前の規範、そのようなものを平然と破っても結果さえ良ければいい、損益計算書に利潤だけの計上が大きな会社がいいという風潮がとかく生まれがちですよ。

 そこを抑えていくためにこそ、今回の教育基本法の私は根本である、例えば公共の精神とか伝統文化の中から培われてきた規範意識とか、こういうものをやっぱりしっかりともう一度取り戻すと。いや、副作用があるから政府が介入してその副作用をとがめていくんだというまあ社民主義的リベラリズムを取ると、結局、それと間接選挙というものを組み合わせたら、票を入れるということをえさにと言ったら悪いですけど、を示すことによって票を集めてしまう、結局圧力団体が復活してしまうということにやっぱりなりかねないと私は考えております。

 であるからこそ、良き人間をつくらないと、小泉さんに象徴された改革というものはやはり決していい結果を生まない。そこをやはり安倍総理は考えて、教育の再生こそ自分の内閣の最大の課題だということを取り上げたのは、私は歴史認識というか、時代認識として決して間違ってないと思います。



○藤本祐司君 大臣のおっしゃるのは、多分第一条、第二条のところでその辺りは担保できているじゃないかという、多分そういう御趣旨なのかなというふうには受け止められるんですが、民主党の方はここに職業教育という、そういう条項を設けておりますが、この職業教育というのを設けたその意図と、先ほど私が申し上げたそのギャップをどうするのかというところについてのお答えをいただければと思います。



○鈴木寛君 お答えを申し上げます。

 私も藤本委員と同様の問題意識、特に民主党におきまして私は学力低下問題を一貫して調査あるいはそれの対応について取り組んでまいりました。

 学力問題、確かに読解力が八番から十四番に下がってしまったということも問題でございますが、日本の教育現場における最大の問題は何かというと、学ぶ意欲の低下でございます。OECD各国の中で日本の子供たちの学ぶ意欲あるいは家庭などでの学習時間あるいは読書、そうしたことに対して最低の水準にあるということが私は最大の問題だというふうに思っております。私どもの日本国教育基本法案を考える上でも、このことを十分に憂慮しながら作成をさせていただきました。

 じゃ、なぜ子供たちの学ぶ意欲がここまで低下してしまったのかということについては、今、藤本委員がおっしゃったことと私ども基本的に同じ認識を持っております。

 では、どうしたらいいかということなわけでありますが、私どもは、前文におきまして新たな文明の創造を希求するということを言っております。正にそこは、今までは正に近代の時代でありまして、正に物質文明偏重主義、産業社会でありました。そこでは、正に富国強兵、GDP至上主義、経済・物質至上主義でございました。そこでの生きる力ということは経済的に富むということでありまして、経済的に富むということはどういうことかというと、大量生産、大量流通、大量消費社会の中で正に富を最大化していく能力ということが生きる力であったわけであります。

 したがいまして、日本の戦後教育は、正に産業社会における生きる力であるGDPを最大化する、そのための工場労働者として非常に適した教育をやってまいったことによって、一九八〇年代に工業国家としては日本はジャパン・アズ・ナンバーワンと言われるように世界最高に達したわけであります。

 じゃ、工業社会、産業社会における基本的な生きる力というのは暗記力と反復力でございまして、正に工場のベルトコンベヤーの中の分業の一翼を担う人間としてマニュアルを完璧に覚え、それを正確に高速に再現するという技術が非常にその工場の歩留りを上げ、その工場を持つ企業の一員であるということが人生においても幸福につながったと、こういうことでありました。

 しかしながら、デジタル革命によりまして、大量に高速に反復するというのは人間の仕事ではなくて、デジタルテクノロジーにそこは取って代わられることになって、人間の仕事は正にゼロから一のオリジナリティーを、多くの人々と協力、協働をして、正に創造的で協働的、コラボレーションですね、要するに世の中に一つしかないものをつくり出すということが人間の仕事になりました。日本の教育は、いまだにこの時代の変化、価値観の変化、文明観の変化に対応していないというのが私どもの認識でございます。

 したがいまして、前文におきましても、正にそうしたコミュニケーション、知恵、文化などのソフトパワー、これを目指す国、あるいはこれを担う国民として教育をしていくということが子供たちの生きる力を増進するということであり、そこは暗記力、反復力重視ではなくて、正にクリエーティブ・コラボレーティブ・アートワークと言っていますが、その一員として必要とされるコミュニケーション能力と真善美の判断能力を身に付けるということが学校教育のこれから目指すべき道だというふうに我々は判断をいたしております。

 したがいまして、前文の中で「真理と正義を愛し、美しいものを美しいと感ずる心を育み、創造性に富んだ、人格の向上発展を目指す人間の育成」ということを盛り込みましたのも、正に真善美それぞれについての判断力を向上させるということを目指したものでありますし、それから、十七条の二項におきまして「文化的素養を醸成し、他者との対話、交流及び協働を促進する基礎となる国語力を身につけるための適切かつ最善な教育の機会を得られるよう奨励されるものとする。」と書きましたのは、正にコミュニケーション能力の強化というものを重視をしていく、このことは、特に世界で十四番に落ち込んでしまった読解力の向上ということとも符合するわけであります。

 そのように、正に学校教育の中身、そのベースとなるコンセプト自体をこの際きちっと変えて、そしてそのことを学校教育法あるいは学習指導要領にこれから反映をさせていくことが必要だというふうに思っております。

 加えまして、職業教育を十四条に盛り込みまして、正に学校教育それ自体が将来意味あるものにやっぱり変えていかなければならない。それが第一義的であり、そして将来の職業と学校教育というものをきちっと継ぎ目なくつなぎ合わせていくということが極めて重要なことだというふうに考えて、今回の条文を整理させていただいているということで御理解を賜りたいというふうに思っておりますが。

 私どもは、私はたまたま原宿が地元でありますが、ここにはファッションとかお料理とかあるいはヘアデザインとか、大変に若くても一生懸命勉強して努力されて、世界に十代から活躍されている若い皆さんが一杯いらっしゃいます。したがいまして、そうしたこともきちっとその職業教育あるいは学校教育のスコープにむしろ入れていくということが重要だというふうに思っているところであります。



○藤本祐司君 ありがとうございます。

 やはり、これは現実的にもうそういう社会が変化してきて、どうしようもなく、後ろに戻る、バック、時計の針を戻すわけにいきませんので、それはこの教育という問題と切っても切り離せないということを是非これは強く御認識をいただかないと、観念論だけでは多分進まないだろうなというふうに思っております。

 それと、今朝ほどの蓮舫議員のお話の中で情報社会の話がありました。私の時代からというか、ここ十年間ぐらいでもう大きくその情報化という部分が変化をしてきて、私の小学校、中学校時代は想像していない漫画の世界のことが今既にもう目の前に起きて、現実に現実化しているわけなんですね。

 そこでちょっとお聞きしたいんですけれども、インターネットをめぐるいろんな事件が頻発をしております。集団自殺だとか交際サイトだとか、あるいは先ほど来話がありました有害情報とか、そういうものにいとも簡単にアクセスできるような社会になってしまったということはもう現実的だというふうに思うんですが、高市大臣にちょっとお聞きしたいんですけれども、こうした有害と言われている情報に自らアクセスをされたことはございますでしょうか。



○国務大臣(高市早苗君) 自分のパソコンで自らアクセスしたことはございませんが、メールでですね、とにかくデートのお誘いですとかエッチな画像がひっ付いたものは毎日毎日山のように入ってまいります。あと、どういう有害サイトがあるかというのは、プリントアウトしたもの等で把握をしたことはございます。



○藤本祐司君 これ、多分、相当簡単にアクセスできて、相当簡単に入手することができるんです。そんなにパソコンとかの知識がなくても、技術がなくても簡単にこれはアクセスして入手することができるような、そういう時代になってきているし、更に言えば、携帯電話がどんどんどんどん進んで、単なる携帯が電話だけではなくなっていて、モバイルのパソコンとほぼ同じような機能を持つようになってくれば、家でパソコンでフィルタリングを掛けるとか、そういうものだけでは全く済まなくなってくると、そういう社会になってくるんだろうと思うんですけれども。

 IT担当大臣として、負の、光の部分と影の部分があるわけなんですけれども、光の部分はどんどん進めればいいというその反面で、影の部分を何とか対応しなければいけないということを考える場合に、高市大臣、その担当大臣としてそこら辺りはどういう対応策をお考えになっていらっしゃるんでしょうか。



○国務大臣(高市早苗君) 私も、今、光の部分の対応と同時に、やはりこの負の部分の対応、こちらの方がむしろ大きな関心を持って対応させていただいております。

 一応、政府全体の取組としましては、昨年の二月にIT安心会議が設置されました。これは内閣官房を中心として関係府庁が集まって有害情報、違法情報対策をやっているわけですけれども、そこで昨年の六月に「インターネット上における違法・有害情報対策について」という割とこう具体的な施策を策定しまして、もうそれぞれ各府省が対応するということになりました。それから一年たったので、今年の七月に進捗状況を取りまとめました。かなり進んだものもありますけれども、まだまだこれからというものもございます。

 そして、来年の概算要求、来年度予算の概算要求ごらんになっていただいたら分かるかと思いますけれども、主に例えば伊吹大臣の文部科学省の方では、御家庭において携帯電話ですとかパソコンの使い方についてきちっと盛り込んだ子育てのヒント集ですね、家庭教育手帳、これを作成するという費用を要求されておりますし、総務省の方では、このITメディアリテラシーに係る教育の指導マニュアル、それから教材ですね、こういったものを既に今年度開発して、来年以降はこれを普及する作業、これの予算がございますね。

 あと、私は、特に警察庁の方に頑張っていただきたいなと思っているんですけれども、警察庁の方でも、ボランティアの方がインターネット上の出会い系サイトの有害情報を発信しているサイトなどを把握しまして、当該事業者に対して自主的な措置を要請する活動、これにも予算が要求されております。

 それからまた、サイバーパトロール、この業務を開始しているんですけれども、この業務も委嘱を行いまして、違法・有害情報を早く把握する、そして対応を取るというような動きが出てきました。既にもう警察庁の方では違法・有害情報に対応するためのホットライン業務なども始めておりますけれども、これも非常に大きな対応になりますんで、外部委託といったことも含めて来年はまた新たな動きがございます。

 昨年から今年にかけてもまた随分進んできておりますので、必要でしたら、その進捗状況の資料等でしたらお届けいたしますので。



○藤本祐司君 いろいろな取組はされているんだろうと思うんですけれども、これはもう本当にスピードが物すごく速くて、どんどんどんどん新しいものを削っては新しくなってということで、イタチごっこでどんどん進んでいるわけでして、通信と放送が融合してくると、放送も電波を割り当てるということで今までやってきていますけれども、その正に個人が放送技術というものを、簡単にソフトが入り込むことになってくると、どこまでが放送でどこまでが通信かということがもう本当に見分けが付かなくなってくる。

 そういう段階で、規制というのが非常に困難になってくるわけなので、やはり先ほど高市大臣が自主規制というお話がありましたけれども、これをどう自主的に規制していくのかということと、あと、受ける側がやはりどういう対応をその情報に対してしていくのかということが必要になるわけですね。個人でも本当にいろんな情報を流すことができるし、それは世界じゅうから流れてくる。それを日本国内だけで何か対応していても多分間に合わなくなってしまうということを考えると、このやはり情報というのは、もちろん情報を扱う技術という部分もあろうかと思いますが、受ける側としての教育というか学習といいますか、そういうところはやはりしっかりきちっと位置付けるといいますか、ということが必要なんだろうと思います。

 午前中の大臣のお話ですと、この辺りは第二条辺りで包括的に規定していますよというお話だと思うんですけれども、やはりそれだけでは私はちょっと足りないなと。情報に関して言うと、相当なスピードで、想像を絶するぐらいの速さでいろんなことが起きてきている、規制ができない、その中でどうするのかということをやはり理念法といえども私は規定をすべきだというふうに考えておるんですけれども、伊吹大臣、いかがでしょうか。



○国務大臣(伊吹文明君) 午前中も民主党の蓮舫先生から同様の御質疑がございまして、多分、民主党案でもお書きになっている一、二、三項目ですべてをカバーしておられるとは当然法案提出者も考えておられないと思うんです。

 これを受けて具体的な学習指導要領に、今先生がおっしゃった受け手の方として、どういうものにアクセスをしちゃいけないか、あるいは逆にどういうものをそこから引き出して自分で使っていくべきか、これは学校教育の場でも大切ですが、生涯教育、社会教育においても当然同じことがございます。

 ですから、御趣旨に沿えるように、学校現場において間違いのないように、この基本法、それから学校教育法、そして指導要領その他を、そしてそれに予算で肉付けをしていかねばなりませんから、十分の配慮をして、御注意に沿ってやらせていただきたいと思います。



○藤本祐司君 再度の繰り返しになろうかと思いますが、民主党の方には「情報文化社会に関する教育」という項目がございます。その意図と、私が今申し上げたことに対するお答えをいただければと思います。



○鈴木寛君 お答えを申し上げます。

 教育基本法というのは理念法であります。やっぱり、社会に対して重要なメッセージを発するという意味を持っているのが教育基本法だというふうに思っております。

 そういう中で、先ほど来申し上げておりますように、学びの質というものが決定的に近代化のための教育をやっている時代とこれからの情報文化社会では違います。すなわち、今まで日本という国はこのキャッチアップということが極めて重要な国家及び社会、そして学校、教育の目標でございました。したがいまして、有益な情報は欧米にありと。したがって、英語教育も読解力中心であったというのは、いかに英語の文献を日本語に訳してそれをキャッチアップをするか。いい情報も悪い情報も基本的に枯渇をしていた、それをいかに入手をしていくかと、これが教育の大きな目標でありました。

 しかし、これからは、いい情報も悪い情報も正に情報洪水、情報はんらんの中で生きていかなければいけない時代になったと。これは正に質的に極めて大きな転換だというふうに私どもは思っておりまして、したがって、これだけの時代の転換においては、教育の目指すべき理念、その基本的にある時代認識というのは決定的に質的に違っているので、この情報文化社会における教育ということにこれからなりますよというメッセージを教育基本法という宣言法の中で世の中に対して、そして教育現場に対して発することというのは非常に意味のあることだというふうに考えて、先ほど来の条項を盛り込まさせていただいているということで御理解いただきたいと思います。



○藤本祐司君 同じ民主党だからといって言うわけではありませんけれども、私も、この情報のことは大きく、もう本当に十年前あるいは五年前と比べても大きく変わってきているので、ここのところはきちっと位置付けて教育の中で考えていかないといけないことだというふうに思っておりますので、今後も含めまして、是非よろしくお願いしたいと思います。

 ちょっと話題を変えますが、いじめのことなんですが、今までのこの議論を通じて、どの世界にもいじめというのはあるじゃないかと、子供の世界も大人の世界もいじめがあるといういろんなところのお話がございましたし、実際にいじめというのをゼロにすることはなかなかできないと。私も、できない、多分ゼロにはならないんだろうなというふうに思います。

 十人いて、十人の中の一人の人がいじめられていたという場合に、その一人の人が何らかの理由で、例えば大人の世界でも会社の中でも仮に退職をして辞められた、あるいは子供が転校しても、じゃ九人になったから、いじめが、一人いじめられた子がいなくなったからなくなるかといえば、また九人の中で一人の子がいじめられるとか、八人になればまたそうなる。だんだんこの十人が九人、八人で、最後一人になるまで何らかの同じようなことが多分起きるんだろうなと。そうなってきたときに考えられるのは、いじめをなくすというよりは、もちろん減らすということは当然重要だと思いますし、その程度を軽減するということは重要なんだろうと思います。

 もう一つは、いじめられている側のストレスをいかに少なくするのかということがやっぱり極めて重要なのかなというふうに私は考えておるんですが。実は私、一九八七年から八八年、八九年と大学院に行って、その修士は、私は実はコミュニケーションという学科で修士を取っています。コミュニケーションというのは、大きく言いますと、アドバタイジングとジャーナリズムとテレコミュニケーションとヒューマンコミュニケーションというこの四つなんですが、そのときに、一九八五年当時、いわゆるストレス・アンド・バーンアウト・シンドロームという、ストレス・アンド・バーンアウト症候群というのがアメリカでも結構言葉としてにぎわしたんです。これは大人の社会なんですが、ストレス、バーンアウト、つまり自殺まで行ってしまうと。これをどう止めるかということで、一番有効な手段としては、やはり自分がそう悩んでいることを他人に伝えるという、相談をするということが非常に有効な手段だということの調査結果があったんですね。

 それをじゃだれに伝えるかというところも実は重要でして、大人の会社の中での実験調査なんですが、例えば上司に伝える、あるいは家族、スパウス、配偶者というか、奥さんとだんなさんに伝える、あるいは親に伝える、あるいは自分の大学時代の友達、別の会社にいる友人に伝える、聞いてもらうということがあるんですが、一番効果的なのは同じ会社の同期の人間と話をするのが一番ストレスが軽減できる、そういう手段だということを学んだんですね。

 だから、子供の世界でも多分同じで、それはなぜかというと、全くその境遇を十分に理解をしてもらえる人というのが一番重要で、上司であるとか家庭、家族だと、何となく分かるんだけど一〇〇%理解はやっぱりその場のことは分からないということがあって、同じ会社の同期の人間が一番分かりやすいと。ただ、大企業ばかりではありませんので、同期生がいないというところもあるので、またそこは新たな取組をしなきゃいけないんだろうと思うんですけど。

 子供も、ですから同じような子供たち、いわゆる駆け込み寺になるようなところが、やはり自分と同年代の同じ学校の子供たちというところを設けることによって大分軽減できるんではないかと。海外なんかでそういう例もあるというふうに聞いておるんですけれども、日本でそういう例がまずあるのかどうかということと、それに対しての御見解はいかがかということをお聞きしたいと思います。



○国務大臣(伊吹文明君) いじめの問題が突然、突然というのか、随分マスコミで取り上げられるようになりまして、先日私はその番組を直接見なかったんですが、ビデオに撮っておいてくれた人がいて、後で見まして、英国では今先生がおっしゃったような取組をやっておるようですね。同級生の中というか、学校のどちらかというとシニアクラスの上級生ですか、にその悩みを訴えて、そしてみんな学校ぐるみで、生徒ぐるみでその辺の対応を教えると。訴えたという子供がまたそれでいじめられないようにと何か事細かにアドバイスをしているのを見て、やはり、ここでも御質問がありましたが、いじめるのも問題なんだけれども、いじめられている子供を傍観している子供も問題だと。しかし、それより更に進んで、いじめている子をサポートする仲間をつくっていくと。

 これは、文部科学省でいろいろ各県の取組を伺っておりますと、茨城県ではそういうことをやっておるようでございますね。ですから、先般も例の北海道と福岡での残念な自殺や教育委員会の自殺後の対応について御批判があった後、各都道府県の教育委員会の責任者、政令市の教育委員会の責任者を呼びまして、そういう成功事例の説明をして、是非それを共有してもらうようにお話をしたところなんです。先生がおっしゃっていることは、全く私も同感でございます。



○藤本祐司君 こういう緊急的な本当に命にかかわることでございますので、是非積極的な取組を急いで、スピーディーにやっていただきたいというふうに思います。

 時間も大分迫ってまいりまして、残り私の時間が十五分でございます。ここまでちょっと教育基本法とあと教育の問題について質問させていただきましたが、若干ここで復習の時間に入らせていただきたいと。十一月三十日の復習というとタウンミーティングでございますんで、ちょっとこのことをお聞きしたいと思っております。

   〔資料配付〕



○藤本祐司君 今資料を配っていただいておりますが、というのは、私どものところにもいろんなファクスとかメールとかがもう大量に来ております。それ全部すべてに目を通している時間もないんですけれども、ざっと見たところ、もちろん教育基本法の本質的な議論というか条文の議論をしてほしいと、あるいは教育の本質的な話をしてほしいということのほかに、やはりこうしたタウンミーティングの問題というのは、その前提になっている部分というのがあるのだから、やっぱりしっかりと明確に明らかにしてほしいという意見もおよそ五分の二とか三分の一程度あることも事実であります。ですから、私の持ち時間のその比率に応じまして三分の一程度の時間を使いまして、このタウンミーティングについてお聞きしたいというふうに思っておりますが。

 このタウンミーティングという手法は、私なんかマーケティングをいろいろやってきた人間からすると、実はタウンミーティングで、元々ここに出た意見が、仮に十人の意見があって、十人のうち四人が賛成で二人が反対であとの人はよく分からない、だから賛成が四人で多かったから賛成意見が多数だというようなものではないというふうに私は思っております。これは、サンプル数が余りにも少ないので、三人いて二人賛成で一人反対だから世の中の人は三分の二が賛成かというと、そういうものではないというふうに思っておりまして、タウンミーティングそのものは、やはり質的な情報をどう入手するのかという、量的な把握はむしろ世論調査だとか、サンプル数千ぐらいあると、まあ誤差率も五%以内には収まるでしょうから、そこの中で大体の傾向はどうだというのを見る、その一つの、伊吹大臣もおっしゃっていますが、補完的なメソッドだというふうにおっしゃって、正にそのとおりなんだろうというふうに、私は、客観的に言うと、そう思っておるんですね。

 ただ、逆に言うと、逆に言うと、世論調査なんか、NHKの世論調査で教育基本法の改正をすべきかどうか、まあ、どちらとも言えないという方は四割いらっしゃる。そのタウンミーティングに仮に四百人の方が参加をされて、四割の方はどちらかどうか分からないという方が、まあ動員を掛けなければの話なんですが、そういう方がいらっしゃる。その方々は迷っている。迷ってそこの中で自分の気持ちを、態度を決めようと、あるいは自分はどっちがいいかと考えようと思ったときに、やらせの質問があると、それが政策に反映する反映しないは別問題として、その方々が教育基本法の方に賛成の方に動くということは起こり得ることなんだと思うんです。そういう意味では、これは世論操作といいますか、ある意味はプロパガンダといいますか、それを、プロパガンダの訳はいろいろありますが、大衆扇動とも訳せるんだろうというふうに思います。

 そういう意味で、このやらせの問題というのは大きな問題になってはいるんだろうなと。それが、はなっから政策に反映するかしないかというのは別問題として、そこで世論を動かす材料になったということだけは、これは間違いないわけで、それがその後の世論調査に影響していくということも間違いないのかなというふうに思っているんです。

 ただ、ここで話がややこしくなっているのは、かつてこのタウンミーティングの中身を十分に理解をして、あるいは政策に反映しますというふうに言っていると。私はこれがもうそもそも間違いのもとであって、参考にしてお聞きしますよということであれば良かったものを、そこで何度も何度も政策に反映すると言ってしまったことが話をややこしくしていて、これはむしろ政府広報でPRだけにとどまっているんじゃないかなというふうに思っているんですが、伊吹大臣、どうでしょうか、それについては。



○国務大臣(伊吹文明君) 先生は非常にバランスの取れた今御意見をおっしゃいました。私の答弁は、先生のおっしゃったことをなぞったような答弁をしております。

 まず、タウンミーティングがああいう不正常な形で行われたということは、私は決して賛成はできないと。あれは非常にまずかったということは申し上げております。

 それから、二番目に、同時に、先生が今正におっしゃった、タウンミーティングの結果をもって世論の動向がそうだとか、把握をしたということを答弁している、まあ後講釈で私がこういうことを言うのは失礼なんですが、方がいるということについては、余りそのタウンミーティングの本質をよく理解していないと。何が世論を集約しているかというと、これはもう全国民が参加した選挙以外にはないんですよ、日本国の統治のシステムとしては。

 前回の総選挙と、その前の参議院選挙において、自由民主党も公明党もマニフェストにはきちっと教育基本法の成立と教育再生を掲げて戦っております。私が見落としておれば申し訳ないことですが、教育基本法については民主党さんにはその記述がマニフェストにはございません。そういう状況で選挙がなされたということを私はやっぱり一番重く受け止めなければならない。そこで止めておけばいいものを、何でこんなタウンミーティングを鬼の首を取ったように答弁をしたのかと、誠に不適切だということを私はいつも答弁しておるわけです。



○藤本祐司君 ですから、その前に、伊吹大臣もおっしゃったように、これを反映したというふうに言わなかったら多分こんなになってなかったんで、それを言い始めたところに問題があったわけですから、あの問題をつくったのは我々ではないということもちょっと申し上げておきたいんですが。

 確かに、選挙ということで選ばれたその国会が最終的な民意であるという、そこはそのとおりだというふうに私は思いますが、ただその前に、いろいろな民意を把握する方法というのは、タウンミーティングにしかり、いろいろそれは、公聴会もそうだと思いますし、フォーカスグループインタビューという手法もあるだろうし、あるいは世論調査という。まあ、世論調査になると、例えばサンプル、先ほど申しましたが、千ぐらいあると誤差率というのは物すごく低くなってきて、大体の傾向はつかめるんですね。

 そうであるならば、例えばNHKの世論調査だとか毎日新聞のアンケートなんかで、今回のこの基本法については、時代も変わったんだから変えるということについては賛成だけれども、だけれども、反対の人もいますけれども、この国会で拙速に採決すべきではないという方が七割もいるんですよ。これは多分、そのタウンミーティングの十人のうちの四対二というのと意味が違って、七割の人たちが、たった一つのアンケートだけではなくて、いろんな世論調査でその数というのは変わらないで、とにかく拙速にやってはいけないんだと。この臨時国会でやるべきではなくてもっと審議を尽くせと言っている。これが多分七割いるということは、これは私は信じていいんだろうと思うんですけれども、であるならば、ここで決めてしまうのではなくて、もっともっと十分に審議をすべきだというのが国民の皆さんの大半の、七割の方の意見、要するに傾向だというふうに思えば、それはやはり大臣、しっかりこれは受け止めて、それに対応していくというのが筋だというふうに思いますが、いかがでしょう。



○国務大臣(伊吹文明君) 先ほど来、私が申し上げて、先生もそれをお認めいただいたように、やはり民意の集約というのは基本的には選挙なんですね。であるからこそ、ここにいる我々一人一人が国権の最高機関と言われるものの中に議席を占めておるわけです。

 ただ、この選挙が行われた後からかなり期間が、時間が置かれて民意も変わっているかも分からない、あるいは、その選挙のときには大衆的熱情で投票が入ったけれども、落ち着いて考えてみたらこうだというようなことはいろいろございましょう、それはね。

 であるからこそ、間接民主主義の欠点を補う手法として、例えばタウンミーティングもありましょうし、世論調査をどういうふうに見ていくかということもありましょうし、あるいはまた、主要新聞の論説その他において、これは社会の木鐸と言われるマスコミの意見を読んでみることもありましょうし、そういうものをすべて総合して国会議員一人一人が自分の責任において託された民意を決定するというのが国会ということだと思います。



○藤本祐司君 そうであるならば、昨年の郵政民営化の法案のときに、最終的には参議院で否決をされて、国民の意見を直接聞きたいといって解散をされました。そういうことであるならば、今回も、国民の意見を直接聞きたいといって解散するというのも一つのやり方だというふうに思わざるを得ないんで、多分これはもう本当に水掛け論になってしまうんだろうと思いますけれども、ただ、これだけ七割の人たちが拙速でやるべきではないというふうに言っているのは、やはり重く受け止めていただかないといけないかなというふうには思っております。

 ちょっと具体的な話を残りの時間で、五、六分でやらしていただきたいと思いますが、タウンミーティングについてです。

 ちょっとたくさんあったんですが、一問だけ。岐阜のタウンミーティングです。お手元にお配りをしております。この間、静岡のハイヤーでちょっとぶったまげてしまいましたけれども、今回、岐阜、これは教育改革タウンミーティングの一番最初の、これ、第百回が岐阜でございます。百回記念の岐阜のタウンミーティングでございますが。

 この教育基本法の特別委員会で一番最初に蓮舫議員が、この仕様書の、会場における送迎で四万円も掛かると。ちょっとここに載っけてありませんが、エレベーターのボタンを押す係に一万五千円、そしてエレベーターから誘導する係に一万五千円ということを言われて、ちょっと単価で、あっ、五千円か、単価でちょっと驚いたんですけれども、何と単価だけで驚いているのはいけなくて、この岐阜、四万円の方が、四人の登壇者がいる中で八人もいるんですね。四万円がどうのという以前に会場における送迎で八人いるということ。もっと言えば、エレベーターのボタンを押す係の方が二名、エレベーターから控室まで行く方が二名、各出席閣僚の個別担当が、一人に一人ずつ付いていますが、四名。合わせてそれだけで十六人いるんです、十六人。

 それで、ちょっとお聞きしますが、当日、岐阜に文部科学省の方、要するに官僚の方が何人同行されていますか。大臣の秘書官は別として、何人ぐらい文部科学省から岐阜の方に行かれているんでしょうか。



○政府参考人(金森越哉君) お答えを申し上げます。

 平成十五年十二月に行われました岐阜県での教育改革タウンミーティングにおきましては、文部科学大臣を除きまして文部科学省の職員が十四名出席しております。教育改革の担当である職員が十四名出席しているところでございます。



○藤本祐司君 最初の第一回目だから、心配だから十四名行かれたのかなというふうに善意に解釈をしますが、山形で次の十二名、愛媛でも十四名、和歌山九名、大分八名と少しずつ収束をしているんですが、これ十四名なんですよ。

 で、ちょっとその迎えているその場を想像していただくと分かるんですが、八人迎えられて十四名の方が、会場にいられる方もいらっしゃるんでしょうけど、当然ほったらかしというわけにいかないと思いますので、大臣なり登壇者がいらっしゃったらばそこにお迎えに行くわけですよ。これで十六人足す十四名の合わせて三十名の方がこの登壇者をお迎えに行くというのは、ちょっとこれ本当なのかなと、本当に行っている八名も必要だったのかなと。この八名というのは広告代理店側が用意している方ですので、広告代理店側の方と合わせて三十名の方でお迎えをするという。

 大臣、こんなことがあったらいかがでしょうね。ずっと三十人いるということになったら、ちょっとどうしていいか、エレベーターは多分乗り切れないだろうなというふうには私は思うんですけれども。これが本当なのかなというところが逆に疑わしさを増しておりまして、これ警備員も二十二名とか、この間のタクシーのことで分かったように、員数はいかようにでも調整ができるということになってくると、本当に使った、本当にそれだけ必要だったというのであれば、その仕様書とずれていたとしても大目に見ましょうという部分があるんですが、こんな大幅にずれていて、しかも必要じゃない人たちがこんなにいるということが、で、タウンミーティングを百七十四回やっているということ、教育の問題で八回やっているということは、大変な無駄遣いというか、金銭感覚が余りにもずれているとしか思えない。あるいは、それを何かにプールしておいたというふうに思われても、疑われてもこれ仕方がないんですよ。

 だから、こういうところはきちっと説明をしていただきたいんですが、本当に八名も必要だったんでしょうか。



○政府参考人(山本信一郎君) 当時の施行業者それから担当者に確認をいたしておりますけれども、それによりますと、前日から私ども内閣府の職員も現場へ出張りまして、それから前日、それから当日の午前中リハーサルをやったり、業者と念入りに打合せをいたします。そのときに確認した人数が、今例えば会場における送迎ということでございますと八名ということでございまして、大臣、登壇者用に三名、それから知事、市長、それから随行者対応、その他ということ。

 それから、警備員につきましては、これは地元警察ともう少し前になりますけれども打合せをいたします。我々、仕様書レベルでは十人程度の警備員を用意しているんですけれども、昨今の状況もあると思いますが、セキュリティー対策で地元警察からこの岐阜の場合は二十二名という数字を要請されて、それを警備員として配備したということで、ちょっと手厚いという御指摘だと思いますけれども、一応現実にはこういった人間が張り付いていたようでございます。



○藤本祐司君 静岡だと三十二名ですから、それに比べれば十人少ないといえば少ないんですけれども、警備員も。八名、前日から泊まり込んで、会場における送迎の訓練でもしているんですかね、八名で。そんなことはあり得ないんだろうと思います。だから、とにかくその答弁って全く信用できないものになっていますし、業者側からの要請に基づいてって言っていますが、仕様書によると、これ員数の変更は内閣の指示によるというふうに書いてありますので、内閣が指示をしたということは間違いないわけです。内閣府の指示でやったということになるんだろうと思いますが、こんな金銭感覚というのはあり得ないんだろうなというふうに私は思います。

 実際に、ちょっとほかにもいろいろなおかしな点はありますが、まあちょっと、今日、私の持ち時間ここでですので終わりにしますけれども、多分、官僚の方々も入省されたときはこんな感覚を持っていなかったんだと思うんですよ。ところが、税金をとにかく湯水のように使えるという環境の中で、多くの方々から教育をされて、学習をして、このように金銭感覚をつくっていってしまう。この官僚に対する教育というのは非常にそういう意味では重要なのかなと思いまして、まず教育基本法云々でどうのこうの言っている前に、官僚の教育をし直すことが先決なんじゃないかというふうに思わざるを得ないと思っておりますが、官房長官、最後に一言いかがでしょうか。



○国務大臣(塩崎恭久君) 資料の請求に従って我々もこの契約書とその結果を見て、正にタウンミーティングの趣旨に反する無駄な、そしてまた信じられない、私でも信じられないようなことがたくさん起きております。もうこれは、過去のこととはいえ、これまでの税金をどう使ってきたかということでもありますから、これは徹底的に調べて、そしてどこに問題があるのかと。

 昨日申し上げましたけれども、他のタウンミーティング以外のことでも同じようなことがないかも、各省にこの調査結果を踏まえて調べて、貴重な税金はやっぱり大切に使っていくということを政府が率先してやらなければいけないということで、この調査結果を早く国会の審議に供するためにまとめを急がしているところでございますので、この際、一切合財見てうみを出し切って、次なる新しいやり方を編み出して、対話の仕組みというのはやっぱり必要だと思いますから、私も障害者福祉タウンミーティングというのを自民党でやったことがあります。五、六回やりましたけれども、これは全くやらせも動員も何もなしでやると、まあ本当ほとんど賛成という人がいない、あの自立支援法で。それを全部聴いて非常に勉強になりました。もちろんエレベーターでだれも私を迎える人はいませんでしたが。

 是非そういう自然体でみんなの声を聴けるような、そういうタウンミーティングを新たに編み出していきたいと、こう思っております。



○藤本祐司君 新たにその資金を捻出する方法などを生み出さないようにいただきたいというふうに思っております。

 この問題は契約の問題とか入札自体の問題とか、教育基本法の問題以外のところで非常に大きい問題なので、本当はいろいろやりたいんですが、この場では多分ないだろうというふうに思って、決算なりでまたやる機会があれば是非やらしていただきたいというふうに思っておりますので、どうぞよろしくお願いします。

 ありがとうございました。

posted by 藤本祐司事務所 at 15:25| Comment(0) | TrackBack(0) | ::: 藤本ゆうじのショートトーク
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