宮崎県知事選挙の結果、東国原英夫(そのまんま東)知事が当選した。就任後の様子は、連日のテレビ報道によって宮崎県民以外の方々も知るところだ。ある意味、異常な過熱報道だ。もう少し、落ち着いて執務に取り組ませてあげて欲しいと思う。
報道の中で副知事人事が大きく取り上げられている。選挙で対立して戦った持永氏を副知事に任命するという話が出ているからである。賛否両論ある。賛成意見の多くは、東国原新知事には政治、行政経験がないから、補佐役である副知事には行政経験のある持永氏を起用することが、県政のスムーズな運営につながるという意見だ。
反対意見は、そもそも東国原知事は、しがらみのない県政を進めることを訴え、賛同した有権者が投票した結果当選した。補佐役といえども、しがらみがあるであろう元官僚を副知事に任命することは、有権者への裏切りであるという意見である。
それぞれの意見には一理あると考えるが、どちらの意見も説得性に欠ける。県政をスムーズに運営することを重視して、持永氏の副知事就任を認めることは、県政を変えないと言っているにほぼ等しい。議会や地方官僚との関係を最重要と考えることは、むしろ議会と官僚にのみ込まれることを是認することにつながる。
県政のトップはあくまでも知事であって、その知事に従わない副知事は、知事の権限で変えることもできる。そのため、知事にやる気があれば、しがらみのない県政を実現することは可能ではあるため、持永氏が副知事に就任しても問題はないという反論もある。
ここで気をつけなくてはいけないことは、両意見ともに内向きの論理であることだ。視点が県議会と県庁内に注がれていて、そこには“県民のために”という視点が欠けている。
東国原知事は、ローカル・マニフェストを示して当選した。ローカル・マニフェストを通じて政策遂行を県民と約束をしたのだ。つまり、知事は、県民と契約を結んだのだ。知事には、その契約書(ローカル・マニフェスト)に従って政治を遂行する権利と義務がある。ここで、知事が考えるべきことは、議会や行政と上手くやることではなく、政策を遂行することであり、その後ろ盾はあくまでも県民である。
政策を進めるには議会と県庁(行政)の協力が不可欠であることは、衆知のことだ。しかし、政策を実行するために知事が議会と行政と議論をする前から手を組むというのでは、何のためのローカル・マニフェストだったのかわからなくなる。県民と約束した政策を盾に頑張ってこそ、新知事を誕生させた県民への期待に応える唯一かつ最善の方策である。
東国原知事とは異なった政策で戦った官僚出身の持永氏を副知事に任命することは、知事の政策と信念の一貫性に影を落とすことにつながる。官僚はしたたかであり、東国原知事が考えるほど甘くはない。もっとも、持永氏が落選した途端に自らの政策と信念を完全に放棄するほどの割り切りがあれば良いが、それでは逆に持永氏の政治家としての資質が問われる。
地方分権、地域主権の時代である。決めるのは、県民の代表者である県知事本人である。私たちが外野からとやかく言う問題ではないかもしれない。ただ、ローカル・マニフェストを武器に県民の後押しで当選した東国原知事である。内向きの論理ではなく、政策中心に外向きの論理で県民に対して説明ができる基準で人選して欲しい。(2007年2月8日)
2007年02月08日
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