7月3日、久間防衛大臣が辞任した。6月30日の柏市での講演のことである。米国の原爆投下に関し「あれで戦争が終わったんだという頭の整理で、しょうがないと思っている。それに対して米国を恨むつもりはない」と述べたのだ。
日本の政治家として絶対に言ってはならない、いや、思ってはならないことを言ってしまったのではないだろうか。戦争を終結するために原爆投下はしょうがないということは、核兵器使用を是認することになる。戦争が始まってすぐに原爆を投下し、「戦争を長引かせないために原爆を落とした」という理屈が通用することになってしまう。ましてや、世界唯一の被爆国である日本の政治家が言ったことはたいへん重大だ。外国からすれば「自国の国民の生命を守らなければならない政治家が原爆を容認する程度だから、核兵器使用は問題はない」と考えてもおかしくない。
この久間発言に対して、安倍首相はさほど重要ではないかのように振舞った。民主党小沢代表との党首討論でも久間大臣をかばっていた。日本国民よりも自分の内閣、安倍首相流に言えば“私の内閣”の方が大事なのだろう。安倍首相は、久間発言直後に罷免するべきだった。また、対応が後手に回った。
本間税制調査会長、故松岡前農水大臣と言い、罷免するのが遅すぎた。このことは、国民誰もが感じていたことだ。今回は、その時の学習効果が発揮されるべきだった。なんとも情けない首相である。こんな首相に国を託していたかと思うと嘆かわしい。
さて、久間大臣辞任は、自民党や公明党に参議院議員選挙で迷惑がかかるからという理由だったようだ。この発言にも恐れいってしまう。選挙で不利になるから辞める。裏を返せば、選挙がなければ辞めないということだ。自分の発言が間違っていたから、国民の皆様、特に被爆者やその遺族の方々に深く謝罪しなければならず、防衛大臣として責任を取って辞めるというのが筋だと思うし、それが常識だと思う。
某政治評論家が朝のワイドショーでこんなことを言っていた。「参議院議員選挙の前に大臣がこのような発言をするのは、センスがない。何年政治家をやっていたんだ。政治家としての資質が問われる。」と。私に言わせると、この政治評論家もセンスがないし、頭が古い。政治家としての資質は、選挙前に言ったかどうかではなく、日本の防衛大臣が「原爆投下はしょうがない」と発言をしたことにある。
とかく、政治家や政治評論家は選挙にとって得になるか損になるかを言動の判断基準にするようだ。サラリーマンを20年以上経験してきた私としては、“選挙に得か損か”は後から付いてくるものだと思っている。まず、政治家の発言や行動が、『正しいか正しくないか』『公平か公平でないか』を基準とすべきである。その点からも、久間大臣の辞任の理由は、「しょうがない」発言に勝るとも劣らない永田町の常識、すなわち、国民からみて非常識な発言だ。
米国の原爆投下を容認した久間大臣が辞任した翌日は、米国の独立記念日である。なんとも皮肉なタイミングでの辞任劇だったことか。
(2007年7月4日)
2007年07月04日
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