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2013年04月05日

Vol.153 活字に触れる

 最近、少し私の生活時間が変わった。というよりも半ば意図的に変えている。そのきっかけは昨年末の総選挙である。総選挙後しばらくは新聞を読みたくなければ、テレビのニュースも見たくなかった。もともと私はラジオ派なので家にいるときはラジオか音楽CDのどちらかをかけているのだが、総選挙後はその傾向がますます強くなった。今でもよほどのことがない限り、テレビでニュースを見ない。私的にはテレビの娯楽番組は質が低下していると感じているので、いきおいテレビはほとんどつけなくなってしまった。見るとすれば、芸術や美術、海外の旅の番組、海外の音楽コンサートくらいか。BSが多い。
 では、今までテレビを見ていた時間は何をしているかと言えば、音楽をかけながら本を読んでいる。読書にかける時間とお金は増えた。活字に触れる効用は、私が語るよりも斎藤孝氏の「読書力」と成毛真氏の「面白い本」などを読んだ方が良いだろう。
 
 かなり以前から私は一冊を読んでから次の本に移るという読み方をしていない。今、議員会館の机の横に毛色の違う本(仕事に直結する本がほとんど)を積んである。鞄の中には文庫本か新書が1冊。時には英語のペーパーバックも入れている(これは英語に親しむためだけの理由)。家にはベッドの横に2冊。さらに最近はiPadに電子書籍を数冊ダウンロードしてある。これらを気分に応じて読み分けている。一日のうち、最低でも違う本を5冊程度は常に手にしていることになる。
 最初から最後まで完全読破する本は、文学作品を除くとたぶん3冊か4冊に1冊程度だ。3分の2から4分の3ほど読んだら読んだことにしてしまう。特に章ごとに完結しているような本の場合は興味ある章しか読まない。そのため、10分の1程度読んでおしまいという本もある。全部読もうとするとプレッシャーがかかり、本を開くのに躊躇する。そこで、ページを開く前から著者の意図さえつかめればそれで良しと割り切っている。

 帰宅後はテレビを見ないで音楽を聴きながら本を読む。このパターンにしてから、なんとなく心穏やかにベッドに入ることができるようになった。ただ、就寝前に難しい本を読む場合、そのまま夢の中へと入り込む時は良いのだが、その難しい本にのめり込むと頭が冴えてしまいなかなか眠りにつけなくなるから始末が悪い。やはり就寝前は軽い短編が良さそうだ。今、私のベッドの横には藤沢周平氏の小説が置いてある(2013年4月5日)。
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2013年02月15日

Vol.152 時代遅れな人と思われないように・・・

 民主党が以前より積極的に推進してきたことだが、インターネット選挙に向けて各党もその気になってきたようだ。私もインターネット選挙は進める価値があるとおおいに考えている一人である。ただ、全体としてみると、何をいつ発信するかというよりも、「SNSに無頓着な政党や各議員は単に時代から取り残されている」という風に思われてしまうという恐れから「インターネット選挙に賛成!」と発しているような印象もある。有権者の利便性や有権者の政治参加を高めるという意味ではなく、私がどのように思われるかを中心に考えている人もいるような印象である。

 さて、私もツイッターを再スタートさせた。1月末まではスマホを利用していたのだが、歳とともに老眼が進み、小さい字や特に暗いところでは字が読めなくなっていた。スマホでは字を大きくできるとはいうものの、字は大きくなっても画面が大きくなるわけではない。そのため、字が大きくなればなるほど文章全体がかえってわかりづらくなる。大いにストレスだった。字を読んだり打ったりするのが億劫になり、つい使うのが面倒になってしまった。
 人は文章を一字一字読むわけではない。例えば「関東地方、本日夕刻積雪の可能性」という見出しがあったとしよう。その時人は「関・東・地・方、本・日・夕・刻・・・・」と一字一字読むのではなく、「関東地方、本日夕刻積雪の可能性」という文を一瞬で一気に読むだろう。個人差はあるものの、複数の字をいっぺんに読む、あるいは速読が得意の方は2〜3行一目で読んでしまう。つまり、スマホで字が大きくできたとしても全体像はわからなくなるため、決して読みやすくはならないのである。
 そこで、私は携帯電話と小型タブレットの2台を持つことにした。携帯電話では通話(電話とショートメール)、タブレットで通信(電子メールとインターネット等)。字が読みにくいというストレスは大きく改善された。そこで、ツイッターだけでもまず再スタートさせたのである。 
 しかし、携帯電話を購入する際、機種の選択肢は全くなかったのには往生した。パンフレットに載っていても在庫がない。子ども用と高齢者用と成人用の3機種くらいしか選択肢がない。販売店に聞いたら、今でも携帯電話の需要はかなり高いとのこと。では、なぜ作らないのだろうか。携帯、スマホ、タブレット、PCと色々対応すると開発コストがかかる割に利益を生まないということなのだろうか。それとも単純に通信料で儲けようとする通信大手の陰謀だろうか。それとも使いもしないのに時代遅れと思われないためにスマホに切り替える横並び主義の消費者が悪いのだろうか。
 えっ、待てよ。「時代遅れだと思われないためにインターネット選挙に賛成」と言うのと、「使いもしないのにスマホに持ち替える」のと何が違うのだろうか(2013年2月15日、藤本祐司55歳最後の日)。
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2012年12月03日

新仕分けのお話

 3年前、民主党政権になって注目されたのが「事業仕分け」だった。平成21年11月には国が行う449事業について、翌年4〜5月には独立行政法人や公益法人が行う233事業、さらには同年10〜11月には特別会計と国の事業を対象として112事業を取り上げた。その結果、平成22〜23年度予算として1.3兆円の歳出削減と2.4兆円の歳入を確保した。

 今年も11月16日〜18日の3日間、「新仕分け」を実施した。行政刷新担当大臣の岡田克也副総理は今回の仕分けでは一般傍聴者を会場に入れずに内閣府内の会議室で実施した。これまでが、庁舎外の会場を使用して一般傍聴人にも会場内に入ってもらって行ったのとは、若干スタイルが違った。ただ、仕分けは外部性と公開性を特徴としているため、これまで通り外部の有識者(専門家)に議論に参加してもらった。また、マスコミにはフルオープン、しかもインターネットで中継し、人気ブロガー3名に参加してもらい、広くツィッターを集め、直接の疑問にも答える形式で行った。これまでとは少しやり方を変えたので、今回の仕分けを“新”仕分けと呼んだ。私は行政刷新担当の副大臣として事前の勉強会やヒアリング、現地視察などを行い、当日の仕分けにとりまとめ役として参加した。 
 新仕分け初日は衆議院が解散した16日。参議院では委員会や本会議が開かれたため、新仕分けを日程通りこなせるかどうか心配だったが、衆参で日程がずれたため、なんとか予定通りに実施できた。
 仕分け1日目は復興予算に関連する事業を取り上げた。法律的には問題なくても、事業を一般会計ではなく復興特別会計で行う必然性(東日本大震災からの教訓を踏まえて緊急性と即効性がある事業かどうか)について議論した。2日目は生活保護と日本再生戦略に位置付けられているライフ(医療)関連の事業を議論した。3日目は、やはり日本再生戦略の柱であるグリーン(エネルギー関連)と農林漁業関連事業を対象とした。
 
 会場に用意された4つのモニターにはインターネットを通じてツィッターのコメントが次々に流れていた。ただ、モニターに流れるコメントを読み始めると次々に流れていくコメントが気になって議論に集中できない。そのため、自分が取りまとめ役となる時はモニターを見ずに議論に集中し、取りまとめ役でないときはだけモニター画面とにらめっこ。コメントは静止していない。絶えず右から左、あるいは上から下へと文字が動く。すごく目が疲れた。肩も凝る。議論も高度、専門的なので、頭も疲れる。もう少しで知恵熱が出るところだった。ネットを通じて終日議論に参加された方もいらしたようだが、その方々もさぞや疲れたに違いない。
 仕分けの最後にネット中継の閲覧者にアンケートを行った。その結果、約8割の方が今回の仕分けは意義があると評価してくれた。中には「自民党政権になったら止めちゃうんだろうね。」というコメントもあった。ちなみに、ネット視聴者は約延べ40万人、ツィート数約1万件だった。
 ただ、中には仕分けと全く関係のないコメントも数多くあったのは残念でもあったが、仕方がない部分でもある。例えば、役所の説明者の話し方や容姿・容貌に関するコメントや、ツィッター同士で岡田副総理や役所の陪席者が「寝てる」「寝てない」と論争を始めるとか、発言者席の後ろに映る岡田副総理のSPさんが「強そ〜」だとか、カメラに映った女性が可愛いとか、全く仕分けに関係のないコメントも数多くあった。仕分けの最後のセッションの時、「あっ笑点終わっちゃった」というコメントが流れて、私は「そうか。今日は日曜だったんだ」と気づいたりもした。

 仕分けは実施して良かったと思っている。ツィッターのコメントにもあったが、総選挙後、どのような政権の枠組みになっても同様の取り組みは続けるべきだと思う。選挙だけでなく、国民が政治に参加する仕組みを作ることは大切だと思う。テレビ(NHK)を通してスキャンダルを追及するだけの予算委員会を観るよりも、仕分けで実質的議論を聞く方がよほど政治を身近に感じる方法だと思う。残念だったのは、仕分けに関するマスコミの報道が少なかったことだ。マスコミは仕分けにもう飽きてしまったのだろうか。大事な政策論議を報道せずに、どうでも良い政局ばかりに注目するマスコミには批判も大きいことを自覚すべきであろう。こんなことでは、今後の情報社会ではテレビや新聞等のマスコミは、確実にネットにその地位を奪われてしまうだろう。(2012年12月3日)
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2012年06月28日

Vol.150 民主党の規約(ルール)

 皆さんもご存じの通り、先日の26日に社会保障と税の一体改革に関する法案が衆院を通過した。党内に反対や欠席・棄権する議員もいたが、なんとか3党合意の中で衆院を通過した。その前後で、党の政策決定手続きに対する疑問の声が党内やマスコミから出ている。政治評論家と呼ばれている方を含むマスコミの中には「民主党には党規約はない」などと発言している方がいるが、全くの事実誤認である。「党規約・代表選挙規則検討委員会(以下「党規約等検討委」とする)」の事務局であった私としては説明、反論しておきたい。 

 党規約の第9条第1項の3(2012年1月16日の党大会承認)に「党の政策に関して、常任幹事会の承認を得た政策決定手続きにもとづき、審議、決定する」とある。常任幹事会の承認を得た政策手続きとは、“政府・民主3役会議”であり、野田執行部が誕生した際の常任幹事会で承認され、両院議員総会でも異論が出なかった手続きの方法である。

 党規約等検討委での議論が次のようである。政権交代後、鳩山執行部の時の政策決定は専ら政府に委ねられており、党内で政策を議論するいわゆる政策調査会は廃止された。一方で、陳情や要請を一括して受け付ける幹事長室(当時・小沢一郎幹事長)だけが政治的判断で政府に対して物申す機関として認められていた。つまり、政務3役と幹事長室の幹部以外は事実上政策にタッチできない仕組みであった。
 次に菅執行部になって、党所属の国会議員からの要望もあって政策調査会(以下「政調」)が復活し、政策や法案を審査するように変わった。また、国家戦略担当大臣(当時・玄葉光一郎大臣)が党の政調会長を兼務した。ここでは党所属国会議員は政調のもとに設置された部門会議やPTなどに参加し、意見交換をする機会が得られた。
 その後、野田執行部では、国家戦略担当大臣と政調会長の兼務は解かれ、あわせて政調会長(現・前原誠司政調会長)の権限を強くした。つまり、政調で承認を得ていない法案は提出できない仕組みに変わり、党の権限が強化された。そして、その政策の最終決定は、首相や官房長官のほかに幹事長や政調会長などが加わった「政府・民主3役会議」に委ねられ、その決定過程では政調会長に政策内容を一任できる仕組みとした。

 このように、政権交代後は党の代表が替わるたびに政策の決定手続きが変わってきた事実がある。党規約等検討委では、この3度の変更を考慮し、「現時点では政策決定手続きの方法を定めてしまう段階ではなく、より良い方法を探るためにも試行錯誤があって良い」との判断で、上記で示した第9条の条文に落ち着いたのである。この政策決定手続きは、役員会、常任幹事会、両院議員総会、党大会と4段階の手続きを踏んで承認された内容である。よって、党内手続きは、少なくとも党所属の国会議員に対しては、極めて明確であると私は考えている。

 合同部門会議では「社会保障と税の一体改革は単なる政策や法案ではなく、党の将来がかかっている。よって、両院議員総会で決を採るべきだ」との主張があった。実は「党規約等検討委」でも“政策とは何か”については議論があった。結論は、「政策調査会で検討していることを政策と位置づける」とした経緯がある。例えば、選挙制度などは現在幹事長室が中心となって検討している。このような場合の幹事長が座長となる。しかし、今回の社会保障と税の一体改革は、最初から政策調査会に属する『社会保障と税の一体改革調査会』や『税制調査会』、各部門会議(総務・厚生労働、財政金融、文部科学等)で検討してきたし、そのことになんの違和感もなく議員は議論に参加してきたはずだ。それを今になって、「それは単なる政策ではない」と言っても説得力はない。よって、党規約の第9条で定めた手続きで決めることは何も問題はないと私は思っている。

 少し長くなってしまった。ただ、党の規約は明確であり、そしてこの度の決め方には何も瑕疵がないということを知って欲しい。野党時代の政策決定は、いわゆる『次の内閣』だったが、旧党規約では政権政党に就いた場合を想定した政策決定手続きは決めていなかったことは事実である。つまり、政策決定の手続きに関しては、今年の1月の党大会で改正が承認されるまでは、野党であることが前提の党規約しかなかったことになる。それはそれで恥ずかしい話ではあるが、改正した今の党規約は、与党経験を積むことによってより良い方法が確立していくことを想定している。
 党外の方々にはわかりにくいことも認めつつも、党内から不明確と批判されるのには違和感がある。そもそも党規約を両院議員総会等で承認したのは党所属の国会議員だったはずである(2012年6月28日)。
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2012年06月12日

vol. 149 逆説的思考のすすめ

 前回のvol.148で、「労働生産性を上げる有力な方法の一つが、IT化や不採算事業の整理と労働時間の短縮・有給休暇の取得である」と書いたところ、数人から意見を頂戴した。「不採算事業を整理したら失業者が出る。時短をしたら仕事がこなせず企業の利益が落ちる」という意見である。なるほど、そう言う側面は否定できない。しかし、物事を考える際は、いくつかの視点で考えることが必要だ。上記を例にして考えてみよう。

 景気が悪くなったら、企業は経営コストをカットする。中でも人件費の削減に踏み切る。人件費削減の方法は主に2つ。雇用を維持する代わりに各従業員の賃金を減らす方法と、人員を整理する一方で残った従業員の賃金の水準は維持する方法である(もちろん、その両方の方法を採用する場合もある)。
 前者を採用する場合、その時点の雇用は守れるが企業の生産性は落ちる。また、賃金が下がるため、財布のひもは固くなり消費は冷え込む。後者の方法を採った場合、失業率は上がるが、企業の生産性を上げることが可能となり、企業の利益回復は早まる。そのため、新規事業への投資が可能となり、しばらくすると新たな雇用を生む可能性が広がる。
 わが国は、どちらかと言えば、その時点の雇用を守ることを優先してきたのではないだろうか。雇用調整機能として公共事業が良い例だ。ムダとわかっていながらも雇用をつくる公共事業を積極的に進めてきた。今となってはできあがったインフラの維持のために費用が莫大にかかり、新たな投資(必要な公共事業)に予算を回せなくなってきている。
 その時点の雇用を守ることを優先すべきか、今を犠牲にしてでも将来的に成長するであろう分野に新たな雇用を創る可能性を優先すべきか。私は、程度の問題は残るとしても、基本的には不採算事業を整理してでも将来に備える方法が全体としてプラスだと思う。

 もう一つ。時短や休暇によって仕事量が増える場合の対応にも主に2つの方法が考えられる。休んだ人の分を残った従業員が残業して補う方法と残った人の仕事量はそのまま維持して時短や休暇によって生まれた仕事量を新たな雇用で賄う方法である。例えば、週40時間で10人が働けば延べ400時間の労働時間となる。その400時間の労働量を時短によって週35時間労働(一日1時間ずつ労働時間を短縮する)にすると11.4人の従業員が必要となる(35×11.4=399=約400)。つまり、1.4人分の雇用が生まれる計算だ。1人を新たに雇用し、残りの0.4人分は時短によって生産性が上げて11人で賄うことは理論的には可能だ。
 
 上記で上げたそれぞれの2つの方法のどちらにも長所と短所がある。ただ、これまで行われてきた方法を疑ってみることも必要だ。時には逆説的な方法を考えてみることも必要だと思う。(2012年6月12日)
posted by 藤本祐司事務所 at 13:01| Comment(0) | TrackBack(0) | ::: 藤本ゆうじのホンネ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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