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2008年03月18日

vol.101 休暇制度が変わると無駄な道路が減る!?

 日本人の労働意識は随分変わったと言われる。しかし、欧米に比べるとまだまだだ。日本では、労働と休暇をセットにして、表と裏の関係で捉えがちだ。欧米の先進国では、労働と休暇は全く別ものとして考える。つまり、休暇は、人生を有意義にするための時間と捉える。
一方、日本では、レジャーを余暇と訳す。この訳には、労働が主体で、その余った時間を休暇に当てるという考え方が根底にある。日本では『働き方』を考える延長線上で休暇を捉えるが、欧米はむしろ『生きかた』を考える中で“休み方”を考える。その点が根本的な違いであろう。

日本は、国民の祝日(祭日)が欧米よりも多い反面、休みを取ったという実感が沸きにくい。休暇が、盆、暮、正月、ゴールデン・ウィークと、ハッピーマンデーで3連休になる土日月に集中してしまい、どこへ行っても、「混む」「交通渋滞に巻き込まれる」「料金が高い」などの経験をするからだ。そのため、休暇を取った気がせず、満足度が低くなる。
地域によって時期が異なるはずのお盆も、休みが8月中旬に集中する。休暇が集中するため、旅館やホテルはハイシーズン料金と称して、高い価格を設定する。旅行する側は、わざわざ高い料金を払って疲れに行く。普段だったら1泊2食1万円で済むところが2倍以上に跳ね上がる。普段だったら2時間で到達できる場所に、3倍以上の時間をかける。休暇の集中には、国民一人一人にはほとんどメリットはない。もっとも企業には、休暇の集中は、業務管理上や効率性を考えるとメリットはあるだろう。その点こそ、日本が企業の論理を中心にしており、働く側の論理になっていない証拠である。

  一方、休暇が分散すると、国民が休みを取った実感が向上するだけでなく、思わぬメリットが生まれる。
まず、道路整備箇所が減る。例えば、観光地は、休暇が集中するため、その時に限って交通渋滞が起きる。その地域は、普段の平日はスイスイであるにもかかわらず、地域住民の生活に支障をきたすという理由でバイパス建設を要望する。普段の様子を見るとバイパスは不必要だ。休暇が分散して、道路の利用が平準化すれば、高規格のバイパス道路を建設する必要はなくなる。無駄な道路建設が減るのだ。

 また、休暇が分散すると、受け入れ側の旅館やホテルの雇用環境が変わる。繁閑の差があると、旅館等はお客様が少ない時期を基準に人を雇い、繁忙期はパートやアルバイトで対応しようとする。宿泊業に非正規雇用が多いのは、そのためだ。パートやアルバイトは、正規社員に比べると、概して技術や知識が身につきにくい。常連客の顔や嗜好も覚えにくい。つまり、正規社員を増やせる環境を作ることは、旅館・ホテル、お土産屋、飲食店など観光地のホスピタリティの質の向上につながる。休暇の分散化と平準化は、観光地の評価を高めることに貢献することになる。
 換言すれば、休暇が集中しているお陰で、旅行者は質の低いサービスに高い料金を払っていることになる。休暇が集中しているお陰で、旅館等はサービスの質を維持できなくなる。休暇が集中しているお陰で、非正規雇用の割合が高くなり雇用者自身の個人所得が低くなる。そして、休暇が集中しているお陰で、道路がもう一本欲しくなる。

 では、休暇の分散を進めるには、どうしたら良いか。これは、日本人の有給休暇消化率をみると簡単ではないことがわかる。休暇制度そのものと国民の意識を変えることが必要になる。今回は字数の関係(紙面の都合)で書けないが、次回以降、それについての私のホンネを語ることにする。
(2008年3月18日)
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2008年03月11日

vol.100 久しぶりの由布院温泉

 先日、久しぶりに大分県の由布院温泉を訪れた。大分県選出の足立信也参議院議員の支援者の集いの賑やかしを兼ねて、同僚10人と由布院に宿泊した。私の由布院訪問は、確か8年ぶり位だと思う。由布院は、その時と比べて随分変わったような気がした。特に、駅からのメインストリートや金鱗湖の周辺が大きく変わってしまった。

 今回、由布院を一流の温泉町に育てあげた方々の中心人物の一人である中谷健太郎氏と会ってお話する機会ができた。2時間程度の時間だったと思う。中谷氏の奥様にもお会いすることができた。光栄である。
 さて、私が中谷氏に「由布院は、以前と比べて随分変わりましたね。」と言うと、中谷氏は、「ここ6〜7年のことです」とおっしゃった。由布院の名が全国に轟くようになったことから、外資、つまり由布院以外の資本が押し寄せたことにその原因の一端があるということだ。外資は、「自分たちのお金でやるのだから、とやかく言われたくない。」と主張し、由布院独特の魅力をよくある一般的なものにしてしまったのではないか。結果として、私の目からみると、由布院もいわゆる“観光地化”しつつあるようで、ちょっと心配だ。

由布院は、5年や6年で一流になったわけではない。私の知る限り、一流と言われるようになるまで、最低でも20年はかかっている。由布院は、大資本による開発型温泉観光地ではなく、地元の創意と工夫による“町おこし型”の温泉地である。その努力が生んだ一つ一つの魅力の蓄積が、由布院独特の風情や文化を形作ってきたのである。そのために、時間も必要だったが、それ故に由布院の魅力は継続していたのである。それが、最近の経済至上主義の波によって、由布院の一部の地域が、普通のどこにでもある観光地になってしまった。地域全体として文化の香りが薄まりつつある印象を受けた。

ただ、そんな由布院でも安心したこともあった。中谷健太郎氏が経営する「亀の井別荘」の本質は何も変わっていなかったことだ。「亀の井別荘」の食事は、近隣農家で作られた有機野菜や地元産の肉や川魚が中心である。それらを丁寧に調理した食事は、もてなしの心をしっかりと伝えてくれるだけでなく、体の中から浄化されるような癒しを与えてくれる。また、調度品の趣味のよさと適度な贅沢感はなんとも心地よい。とかく高級旅館では高価で豪華な調度品を揃えているケースが多いが、亀の井別荘では安心して時間を過ごすことができる。

私は、参議院議員に当選する前は15年間ほどUFJ総研で地域振興、特に観光振興を専門に調査研究活動を行ってきた。さらに遡ること、大学卒業後6年ほどはホスピタリティの現場(ホテルなどの接客業)で仕事をした経験がある。はたまた、私にとって旅行は趣味と実益を兼ねた行動でもある。こういう私からみると、ここ数年の由布院の変化には不安を覚える一方で、亀の井別荘の変わらぬおもてなしの質の高さを何よりうれしく思うのである。私は今後も街づくりや町おこしという視点から、また1人のファンとしても由布院を見守り続けていこうと考えている。
(2008年3月11日)
posted by 藤本祐司事務所 at 10:37| Comment(0) | TrackBack(0) | ::: 藤本ゆうじのホンネ

2008年02月13日

vol.099 道路特定財源問題の隠れたもう一つの課題

 道路特定財源の一般財源化の議論をしている中で、数多くの方からこんなことを聞かれた。「道路特定財源を一般財源化すると、真に必要な道路以外は造らないことになる。そうなると、道路工事が減ってしまって、土木事業者の雇用が不安定になり、地域経済が停滞してしまうのでないか」という質問である。確かに、地方は高度経済成長期以降、公共事業、特に土木業に支えられてきた。地方での就職先は、役所と建設業で占められていた。その地方の基幹的な産業が停滞すると、経済が悪化するという意見だ。ちょっと聞くと、その通りだと思うかもしれない。しかし、このような発想が危険なのだと私は思う。

 道路が必要であれば、道路工事も必要となり、土木業は潤う。しかし、必要性の小さいところに無理矢理需要を作ってもすぐに息切れしてしまうはずだ。それよりも、本当に需要の大きい産業に人材を投資すべきである。例えば、IT産業や福祉サービスなどである。特に高齢化が著しい地方には、福祉サービスが必要である。必要であるということは需要があるということだ。繊維産業が華やかであれば繊維産業に、そして鉄鋼業が盛んであれば、鉄鋼業に人が集まる。IT産業がリーディング産業となればIT産業に人材が集まる。時代は移り、市場は変わる。市場の動向に合わせて柔軟に対応しなければ、経済は停滞する。産業構造のパラダイムシフトに合わせて、雇用構造も移るのは当然である。

 今まで土木業に携わっていた人が、勇気をもって需要の伸びる産業に就けば需要と供給のバランスが取れていき、やがては雇用の安定につながる。確かに、一時的には雇用は不安定になり、失業者や倒産件数も増えるだろう。それを極力防ぐために、セーフティネットを用意しておく必要はあるし、新しい職に就くための支援は必要である。ただ、道路工事を無理矢理作ることが、そのセーフティネットというわけではない。後生大事に道路工事だけを守り続けていくのは愚かである。守れば守るほど、中長期的にみるとその地域は疲弊する。需要のあるところに、人材を投資することこそが重要なのである。

 道路特定財源の維持は、需要の少なくなってきた道路工事を無理矢理作って人を投資するということだ。与党がいうように、道路特定財源を10年間維持したとしたら、10年後、気がついてみたら、日本は国際競争力の弱い国になってしまうだろう。必要な分野に必要な人材を育成できず、非効率的な産業構造を作り出すことになる。それこそ、官製不況である。

 日本の国際競争力比較が徐々に落ちてきているのは現実である。ダボス会議で知られる世界経済フォーラム(WEF)や国際経営開発研究所(IMD)などの発表を聞いても、日本の国際競争力は確実に落ちている。様々な原因はあるが、その1つに「需要のないところに需要を人工的(強制的)に作り、真に需要のあるところに手を打っていない」ことが上げられるのではないだろうか。短期的には政府が市場をコントロールすることは可能であろうが、中期的には政府が市場の動きを止めることはできない。道路特定財源の一般財源化は、このような課題も投げかけている。
(2008年2月13日)
posted by 藤本祐司事務所 at 10:07| Comment(0) | TrackBack(0) | ::: 藤本ゆうじのホンネ

2008年02月08日

vol.098  暫定税率廃止は、地方が自立するための第一歩

みなさんの住んでいる地域での優先課題は何であろうか。医療対策、例えば救急医療体制を整えることや子どもを安心して産むことができる産科・小児科体制を整えることよりも、道路を造ることが重要だろうか。少子高齢化が進む中で、高齢者の介護や医療より、また、将来を担う子どもたちの教育よりも道路が重要なのか。全ての答えが「ハイ、道路が最優先だ」というのであれば、道路建設のための財源をまず確保する必要があるのかもしれない。しかし、そうでなければ、何故、道路だけを特別扱いし続ける必要があるのだろうか。

 かつて小泉元首相は、『郵政民営化』と『道路特定財源の一般財源化』が改革の本丸だと言った。先月末、与党は揮発油税等の暫定税率をとりあえず2ヶ月延長するための“つなぎ法案”を提出した。結果的には、両院議長のあっせんによって法案を取り下げたが、与党が強行採決までした委員会の中で、驚いたことに小泉チルドレンは暫定税率維持を叫んでいた。チルドレンは、小泉元首相の主張と真っ向から対決したことになる。チルドレンは自分の当選だけを考えて何もわからずに先の総選挙を戦ったか、さもなければ次回の自分の選挙のためだけを考えてあっさりと小泉政策の支持を取り下げたのだ。

 それでは何故、道路特定財源の一般財源化が改革の本丸なのか。読んで字の如く、“特定財源”は、特別に確保され、使い道が“特定”された“財源”である。ガソリンにかかる揮発油税などの道路特定財源は、道路を整備するために使える財源である。逆に言えば、他の用途には使えない(と言いながら、官僚の宿舎やマッサージ機、カラオケセットなどに使われていたとは、言語道断である)。つまり、道路官僚、道路族議員、土木事業者等道路工事を生み出したい人たちには便利なお金なのである。
 今まで道路行政は、道路官僚と国会議員、特に道路族といわれる政治家に牛耳られてきた。今もそうだ。道路の必要性から道路が整備されるのではなく、道路工事(道路利権)の必要性から道路を造る。この道路官僚と政治家の癒着構造を破壊するためにも、道路特定財源を一般財源化しなければならない。
 これまでも民主党は、より地方自治体が使いやすい財源にするために、道路特定財源を一般財源化することを主張してきた。過去のマニフェストにも明記している。一般財源化すれば、そのお金(税金)を一旦国の会計に入れ、使い道を限定しない「一括交付金」として地方自治体に分配できる。各自治体は、道路整備が最優先課題だと思えば、道路を造れば良いし、医療や福祉政策や教育環境整備などに使いたければそうすれば良い。道路が造れなくなるわけではない。民主党の政策では、その裁量と責任を住民に近い市町村や都道府県に渡す。つまり、道路特定財源の一般財源化は、地方自治体が裁量権を持ち、地域特性や事情に応じて、優先順位や配分金額を決めるという、『地域主権政策』なのだ。揮発油税等の暫定税率の廃止は、本当の意味で地方が自立する絶好のチャンスなのである。
 一方でこんな声も聞こえる。国が使い道を示してくれる特定財源やひも付き補助金は、地方の首長(知事や市長)や地方自治体議員には、むしろ便利なのだという声だ。つまり、自分たちが進める政策や事業に批判があっても、自分たちは責任を取らずに国に責任を擦り付けられる。その上、使い道を考えなくても良い。もし、自分たちの裁量と責任でお金を使えるようになると、住民の意向を聞いて判断する調整能力が必要になるし、反対意見の人たちに説明する能力が欠かせなくなる。それ故、選挙の際の有権者の選択基準が、愛想や有権者への顔出し、利益誘導から、政策やマネージメント能力に変わる。それが不安だということらしい。

 今、地方自治体は、総論としての地方分権には賛成だが、各論としての地方分権をイメージできないまま、結果として地方分権、地域主権に及び腰である。自信がないのか、責任を取りたくないのか、それともイマジネーション(想像力)が沸かないのか。当然、自由裁量には責任が伴う。本当に地域住民の幸福を考えるのであれば、自由裁量と責任の両方を担う覚悟が必要である。      (2008年2月8日)
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2008年01月25日

vol.097 暫定の意味は「臨時の措置」

今ほど「暫定税率」が議論の的になったことはなかっただろう。そもそも、“暫定”は広辞苑によると、「本式に決定せず、しばらくそれと定めること。臨時の措置」と書いてある。では、“臨時”の意味は、「定期のものではなく、その時その時の必要によって行うこと。一時的であること。その場限り」とある。ガソリン税の“暫定”税率は34年続いた。政府・与党は、さらに10年間延長し、合計44年間の暫定税率にすべきと主張しているのだ。

 地方自治体は暫定税率を撤廃されたら予算を立てられないと言う。本来臨時の収入であった財源、しかも今年の3月で期限切れになる予定の財源を基に予算を組もうとすること自体、変な話だ。臨時収入は、所詮、臨時収入。法律で期限切れとなる臨時収入を当て込んだ予算編成自体が間違いである。自治体の予算編成の仕組みを反省すべきであるのに、暫定税率撤廃を目指す民主党を攻撃するのは本末転倒である。

 また、政府・与党は、暫定税率が撤廃されると財源不足に陥ると言う。財源不足ではなく、「税収が減る」が正しい。不足というのは、あくまでも足りなくなるのであって、減っても足りる場合は不足とは言わない。確かに、税収は2兆6千億円ほど減る。しかし、一方で国民は税金が無駄に使われてきたことをよく知っている。無駄使いがあったということは、無駄使いを無くせば必要な事業に回せるということを意味する。もし、無駄使いの是正だけで減った税収を補えないとしたら、予算編成自体を組み替えれば良い。政府・与党にそれができないとなれば、総選挙で政権交代をするしか方法はない。民主党が政権政党になれば、予算を骨格から組み変えて、地域主権型の予算を組む。 

 家計に置き換えてみれば簡単に理解できる。これまで20万円の収入に2万円を親から補助を受けてきた。子どもも34歳になったので2万円の補助を止めたとしたら、その子はなんとか20万円の生活をしようとするはずだ。支出の優先順位を考えて、無駄を無くすことに努力する。国も地方自治体も同じである。まず、無駄使いを無くし、効果的に効率的にお金を使う工夫をすることが大切なのである。

 ガソリン暫定税率の撤廃は、原油高だからガソリンを25円安くするための措置ではない。もちろん、結果として25円安くなれば消費者や運送事業者などには喜ばれる。経済効果も高くなる。25円の値下げは、ある意味結果論であって、事の本質はそんなことではない。
無駄使いの徹底的排除、予算編成のあり方、道路官僚主導の構造変革、地域主権の推進など、これまでの日本の構造を徹底的に見直すまたとないチャンスなのである。この本質が見抜けない、あるいは知っていても変わりたくない与党をこのまま野放しにしておいてはいけない。(2008年1月25日)
posted by 藤本祐司事務所 at 14:25| Comment(0) | TrackBack(0) | ::: 藤本ゆうじのホンネ