世代間格差は、どこが境目でしょうか。年齢だけでは一概には言えませんが、一つの目安として、「団塊の世代」を境目と考える人が多いと思います。それは、戦後、日本の進む道が大きく変わったことが原因の1つと考えられています。戦争を経験したか否かで、その人の価値観や人生感が大きく異なることは、ある意味必然です。また、競争に負けまいと高度経済成長期にがむしゃらに働き続けたか、あるいはその後に成人期を迎えたかで、意識の面で大きく異なるも当然です。つまり、50歳と60歳の間に意識間格差が生じ、さらに40歳代と50歳代の間にも少なからず格差が生まれる要因があったと思われます。
先日から話題のライブドアの堀江社長とフジテレビの日枝会長の争いですが、某社(フジテレビではありません)のアンケートによると、50歳代の方の6割以上が堀江社長を応援する回答をしています。むしろ、40歳代や30歳代よりも高い割合です。しかし、60歳代以上になると堀江社長はけしからんということになり、とたんに堀江社長の分が悪くなります。学生運動が激しく、体制に反抗した、かつての団塊の世代の人たちを想像すると、新しいことに挑戦し、既存の発想にとらわれない堀江社長を支持する気持ちをよく理解できるのではないでしょうか。堀江社長の言動を見て聞いて、ふつふつと昔を思い出し、思わず「頑張れ〜」と叫んでいる人もいるのかもしれません。
新しい時代を創るには、新しい発想と新しい行動を理解する力が必要です。新しい日本を創るためには、次世代を理解できるリーダーでなくてはなりません。やはり、60歳を超えたどこぞの首相では、もはや時代に着いていけないのではないでしょうか。
ところで、その60歳をとうに超え、85歳をも超えた宮沢元総理は、この両者の対立を「若い人が年寄りに挑戦する構図」と解説しました。そして、「気持ちには抵抗あるが、何とか頑張って一所懸命やりなさいと言ってやりたい」と堀江社長にエールを送ったとのこと。意外に80歳以上は若い人たちに頑張ってもらいたいと思っているのかもしれません。ちなみに、保守的と言われる「団塊ジュニア」は、もう一段階下の世代か、それとも私と同世代か?今度じっくり行動パターンや発想を研究してみます。
2005年03月01日
2005年02月22日
vol.015:交通網の整備が観光振興に寄与するという“神話”
今回は、vol.013でお約束した通り、観光と交通の関係について、一言。
観光は、観光客が観光地や観光施設を訪問する行動であり、観光客の居住地(普段住んでいる場所)と訪れる観光地を結ぶ交通や観光に関する情報によって、観光の行動は助長され、促進され、時には、交通が観光行動を阻害することもあります。専門的にいうと、観光客を『観光主体』と言い、観光客を受けいれる地域や施設を『観光客体』と言い、交通や観光情報を『観光媒体』と言います。つまり、交通はあくまでも、観光主体と客体を結ぶ媒体なのです。
ただ、実際には、観光地は観光客の移動に沿って演出されることも事実です。例えば、海岸線や山岳・高原の道路や鉄道の車窓のように、美しい景観を見せる場を提供するという役割を持っています。普段見る自家用車からの風景とバスに乗って高い目線から見る景色や、ゆったりと自転車に乗ってみる風景とでは、全く異なる印象を提供し、観光風景の多様性を醸し出す手段となります。
また、交通が観光媒体だとしても、時として観光客体になることもあります。例えば、SLに乗るために大井川鉄道沿線の温泉に行く場合、SLは交通(移動)手段というよりは、むしろSLそのものが観光目的となるかもしれません。
しかし、多くの場合、交通は観光媒体(移動手段・輸送手段)としての要素が強いことは否定できません。そこで、観光地では、交通整備こそが観光振興の手段であると考えているケースが多いのです。このように考えている地域に水を差すようですが、実は交通は必ずしも観光振興に寄与するとは限りません。
具体的には、交通網が地域に与えるマイナスの影響には、次のことが考えられる。まずは、利便性が高まり、容易に観光地に行けるようになると、有り難みが減ります。観光は、非(異)日常性を楽しむためであるため、いつでも行けるとなると、「またいつか行けばいいや」ということになり、他の目的地を選択してしまう可能性が高くなります。静岡県内の人が富士山に登ったことが少ないことを考えれば、想像がつくのではないでしょうか。人間とはなんと勝手な生き物なのでしょう・・・。
また、交通網の整備によって、周辺の地域を含め、観光構造が変化します。アクセス性が高まるため、宿泊しなくても楽しめるため、宿泊者が減り、日帰り客が増えます。立ち寄り時間が短くなり、素通りされる地域が出ます。そのため、観光客がその地域で使うお金が減り、かえって地域経済が悪化してしまいます。
そこで、考えなければいけないことは、交通網を整備することで地域経済を良くするためにはどうすれば良いかです。それは、地域の魅力を高める努力を怠らないことです。交通網が整備されればすべて丸く収まり、観光客が増えて、地域経済に好影響を及ぼすという考えは捨てなければいけません。第一に、地域の魅力を高めることが優先されるべきであって、あくまでも観光媒体である交通網の整備は、魅力ある観光地あってのことであるという認識を強く持つことが大切です。どんなに不便なところでも、本当に行きたければ、頑張って行きますが、たいして行きたいと思わなければ、どんなに交通が便利でも行かないのが常です。今や全国各地の交通網はほぼ整備が終わったと考えても良いでしょう。以前のように交通網が発達していることが観光振興の強みになることはありません。競合観光地がひしめき合うなかで、最も考えなければいけないことは、他の地域と比べて魅力的な町を作る、魅力的なサービスを提供することです。
交通は決して観光振興の万能薬ではありません。交通網の整備が観光振興に寄与するというのは、単なる“神話”に過ぎないと思うくらいでちょうど良いのです。
観光は、観光客が観光地や観光施設を訪問する行動であり、観光客の居住地(普段住んでいる場所)と訪れる観光地を結ぶ交通や観光に関する情報によって、観光の行動は助長され、促進され、時には、交通が観光行動を阻害することもあります。専門的にいうと、観光客を『観光主体』と言い、観光客を受けいれる地域や施設を『観光客体』と言い、交通や観光情報を『観光媒体』と言います。つまり、交通はあくまでも、観光主体と客体を結ぶ媒体なのです。
ただ、実際には、観光地は観光客の移動に沿って演出されることも事実です。例えば、海岸線や山岳・高原の道路や鉄道の車窓のように、美しい景観を見せる場を提供するという役割を持っています。普段見る自家用車からの風景とバスに乗って高い目線から見る景色や、ゆったりと自転車に乗ってみる風景とでは、全く異なる印象を提供し、観光風景の多様性を醸し出す手段となります。
また、交通が観光媒体だとしても、時として観光客体になることもあります。例えば、SLに乗るために大井川鉄道沿線の温泉に行く場合、SLは交通(移動)手段というよりは、むしろSLそのものが観光目的となるかもしれません。
しかし、多くの場合、交通は観光媒体(移動手段・輸送手段)としての要素が強いことは否定できません。そこで、観光地では、交通整備こそが観光振興の手段であると考えているケースが多いのです。このように考えている地域に水を差すようですが、実は交通は必ずしも観光振興に寄与するとは限りません。
具体的には、交通網が地域に与えるマイナスの影響には、次のことが考えられる。まずは、利便性が高まり、容易に観光地に行けるようになると、有り難みが減ります。観光は、非(異)日常性を楽しむためであるため、いつでも行けるとなると、「またいつか行けばいいや」ということになり、他の目的地を選択してしまう可能性が高くなります。静岡県内の人が富士山に登ったことが少ないことを考えれば、想像がつくのではないでしょうか。人間とはなんと勝手な生き物なのでしょう・・・。
また、交通網の整備によって、周辺の地域を含め、観光構造が変化します。アクセス性が高まるため、宿泊しなくても楽しめるため、宿泊者が減り、日帰り客が増えます。立ち寄り時間が短くなり、素通りされる地域が出ます。そのため、観光客がその地域で使うお金が減り、かえって地域経済が悪化してしまいます。
そこで、考えなければいけないことは、交通網を整備することで地域経済を良くするためにはどうすれば良いかです。それは、地域の魅力を高める努力を怠らないことです。交通網が整備されればすべて丸く収まり、観光客が増えて、地域経済に好影響を及ぼすという考えは捨てなければいけません。第一に、地域の魅力を高めることが優先されるべきであって、あくまでも観光媒体である交通網の整備は、魅力ある観光地あってのことであるという認識を強く持つことが大切です。どんなに不便なところでも、本当に行きたければ、頑張って行きますが、たいして行きたいと思わなければ、どんなに交通が便利でも行かないのが常です。今や全国各地の交通網はほぼ整備が終わったと考えても良いでしょう。以前のように交通網が発達していることが観光振興の強みになることはありません。競合観光地がひしめき合うなかで、最も考えなければいけないことは、他の地域と比べて魅力的な町を作る、魅力的なサービスを提供することです。
交通は決して観光振興の万能薬ではありません。交通網の整備が観光振興に寄与するというのは、単なる“神話”に過ぎないと思うくらいでちょうど良いのです。
2005年02月18日
vol.014:日本人は新しいことが嫌い?!
ホリエモン(ライブドアの堀江社長)とフジTVの戦いが話題を呼んでいます。政財界巻き込んでの批判合戦(と言うよりは、一方的な堀江批判)になっています。
私は特段堀江社長の応援団ではありません。ただ、堀江社長は既成概念にとらわれた日本のビジネス界を変えようと戦っていることに対しては、応援をしたいと思います。オリックスブルーウェーブと近鉄バッファローズの合併の際もいち早く手をあげました。高崎競馬の支援も申し出ました。そして今回です。
死ぬか生きるかの戦いを堀江社長はしています。リスクがあることは、彼自身が最もよくわかっているはずです。確かに、もう少し進め方に幅を持たせておけば良かったということはあるかとは思います。しかし、ビジネス界をより活性化し、今まで以上に緊張感を持たせることにつながる可能性がある今回の行動に対して、批判だけするというのは筋違いだと思います。 日本は法治国家ですから、違法行為があったのであれば、それはいけないことです。単なる古い商習慣からみるとやるべき行為ではないという理由で、堀江社長を叩くのはおかしなことだと思います。しかも政治が介入するとなると、「もはやこれまで!」と言った感はぬぐえません。
政治の世界も同様かもしれません。新しい政治を創るんだと思っても、古い習慣や古い体質があって前に進めない可能性は大いにあると思います。批判をする前に、事の本質を、そして、正しい行動は何かを客観的に考えるべきと思います。そうでなければ、ビジネス界も政界も何も新しいことはできません。それとも、本当は日本人は新しいことが嫌いなのかもしれません。それだったら、新しい社会を作ることを求めない方が良いでしょう。そして、そのまま、みんなで沈没しましょうか・・・。
私は特段堀江社長の応援団ではありません。ただ、堀江社長は既成概念にとらわれた日本のビジネス界を変えようと戦っていることに対しては、応援をしたいと思います。オリックスブルーウェーブと近鉄バッファローズの合併の際もいち早く手をあげました。高崎競馬の支援も申し出ました。そして今回です。
死ぬか生きるかの戦いを堀江社長はしています。リスクがあることは、彼自身が最もよくわかっているはずです。確かに、もう少し進め方に幅を持たせておけば良かったということはあるかとは思います。しかし、ビジネス界をより活性化し、今まで以上に緊張感を持たせることにつながる可能性がある今回の行動に対して、批判だけするというのは筋違いだと思います。 日本は法治国家ですから、違法行為があったのであれば、それはいけないことです。単なる古い商習慣からみるとやるべき行為ではないという理由で、堀江社長を叩くのはおかしなことだと思います。しかも政治が介入するとなると、「もはやこれまで!」と言った感はぬぐえません。
政治の世界も同様かもしれません。新しい政治を創るんだと思っても、古い習慣や古い体質があって前に進めない可能性は大いにあると思います。批判をする前に、事の本質を、そして、正しい行動は何かを客観的に考えるべきと思います。そうでなければ、ビジネス界も政界も何も新しいことはできません。それとも、本当は日本人は新しいことが嫌いなのかもしれません。それだったら、新しい社会を作ることを求めない方が良いでしょう。そして、そのまま、みんなで沈没しましょうか・・・。
2005年02月16日
vol.013:お客様第一の交通サービス
静岡県第6区の渡辺周衆議院議員のウェブサイトに『スーパービュー踊り子号』についての記事が紹介されていました(2月9日付け)。伊豆日日新聞に掲載されたもののようです(私のウェブサイトのリンクから渡辺周さんのサイトにアクセスした後にこのホンネ・コメントをお読み頂けると、より理解しやすくなります)。
渡辺周さんがいうように予め指定券を購入していないと乗車できないというのも不便ですが、交通機関の接続の悪さも観光客にとって大きな問題です。下田から帰る際、伊豆急行、伊東線、新幹線の連絡がもう少し良ければ、時間効率が良いのにとたびたび思います。
下田から東京に戻るときのことです。乗った列車が伊東駅止まりだったので、伊東駅で伊東線に乗り換えて熱海に行きました。熱海に到着する時間と東京行きの新幹線が発車する時間が同時刻だったため、当然、その新幹線には間に合いませんでした。伊東駅での待ち時間がおよそ10分。そして、熱海での新幹線の待ち時間が約30分。もし、下田から熱海まで伊東駅での乗り換えなしの直行、あるいは伊東駅での待ち時間が5分程度であれば、私は1つ前の新幹線に乗車できたはずです。確かに列車のタイムテーブルを作るのは、単純に見えても実はたいへん複雑な作業です。単線の場合、上下線のすれ違いも考慮しなければならず、素人が考えるほどは単純ではありません。しかし、もう少しなんとかならないかといつも考えてしまいます。
ちなみに、伊東と下田間は伊豆急行、伊東・熱海間はJR東日本(在来線)、東海道新幹線はJR東海と会社が3つに分かれています。会社が異なることが接続の悪さにつながっているのでしょう。それぞれ他社に対して意地悪をしているわけはないとは思いますが、情報連携の悪さが交通連携を阻害しているように思えてなりません。交通事業は単なる輸送事業ではなく今やホスピタリティ業です。お客様第一で、3者が相互協力をして欲しいと思います。
もちろん、このような例は伊豆に限ったことではなく、実は全国各地で頻繁に起きています。観光旅行に対する不満の1番は、交通機関に関するものです。中でも渋滞に対する不満が圧倒的ですが、次いで、「交通機関相互の連絡が悪い」「指定券の購入が困難」と続きます。このような観光客の声に配慮して、交通ネットワークや交通サービスを考えていかなければなりません。
しかし、いくら交通ネットワークを整備すべきと言っても、ただ交通網を作りさえすれば問題が解決するわけではありません。交通網を作ると、かえって観光客による消費が減る場合もあります。滞在型から通過型へ、宿泊型から日帰り型へと変化するからです。交通が便利になると観光客が増え、消費活動が活発になるというのは、実は一種の神話です。この交通の神話性について書き出すと、とっても長くなってしまいます。そんな訳で、これについては次回以降に回すことにします。
渡辺周さんがいうように予め指定券を購入していないと乗車できないというのも不便ですが、交通機関の接続の悪さも観光客にとって大きな問題です。下田から帰る際、伊豆急行、伊東線、新幹線の連絡がもう少し良ければ、時間効率が良いのにとたびたび思います。
下田から東京に戻るときのことです。乗った列車が伊東駅止まりだったので、伊東駅で伊東線に乗り換えて熱海に行きました。熱海に到着する時間と東京行きの新幹線が発車する時間が同時刻だったため、当然、その新幹線には間に合いませんでした。伊東駅での待ち時間がおよそ10分。そして、熱海での新幹線の待ち時間が約30分。もし、下田から熱海まで伊東駅での乗り換えなしの直行、あるいは伊東駅での待ち時間が5分程度であれば、私は1つ前の新幹線に乗車できたはずです。確かに列車のタイムテーブルを作るのは、単純に見えても実はたいへん複雑な作業です。単線の場合、上下線のすれ違いも考慮しなければならず、素人が考えるほどは単純ではありません。しかし、もう少しなんとかならないかといつも考えてしまいます。
ちなみに、伊東と下田間は伊豆急行、伊東・熱海間はJR東日本(在来線)、東海道新幹線はJR東海と会社が3つに分かれています。会社が異なることが接続の悪さにつながっているのでしょう。それぞれ他社に対して意地悪をしているわけはないとは思いますが、情報連携の悪さが交通連携を阻害しているように思えてなりません。交通事業は単なる輸送事業ではなく今やホスピタリティ業です。お客様第一で、3者が相互協力をして欲しいと思います。
もちろん、このような例は伊豆に限ったことではなく、実は全国各地で頻繁に起きています。観光旅行に対する不満の1番は、交通機関に関するものです。中でも渋滞に対する不満が圧倒的ですが、次いで、「交通機関相互の連絡が悪い」「指定券の購入が困難」と続きます。このような観光客の声に配慮して、交通ネットワークや交通サービスを考えていかなければなりません。
しかし、いくら交通ネットワークを整備すべきと言っても、ただ交通網を作りさえすれば問題が解決するわけではありません。交通網を作ると、かえって観光客による消費が減る場合もあります。滞在型から通過型へ、宿泊型から日帰り型へと変化するからです。交通が便利になると観光客が増え、消費活動が活発になるというのは、実は一種の神話です。この交通の神話性について書き出すと、とっても長くなってしまいます。そんな訳で、これについては次回以降に回すことにします。
2005年02月08日
vol.012:議員年金を考える
【現行制度と答申案】
通常国会開会前日の1月20日、「国会議員の互助年金に関する調査会」の答申が衆議院ならびに参議院議長に提出されました。現行の議員年金を一旦廃止して、新しい制度に作りかえようとするものです。その新制度の内容を見たら、もうびっくりです。昨年の年金制度改悪法と同様、単に負担を増やし、給付を減らすという内容でした。内容を少し紹介しましょう。
現行制度では、国会議員は今年間126万5,605円を負担しています。新制度では219万8,900円に増加するというものです。また、現行の10年の受給資格を12年に延長し、12年在職時の給付を現行の428万4,800円から288万4,000円と減額するものです。しかし、既に受給している議員は、現行のままとすることとしています。一見すると、随分改革されたと思われがちですが、そもそも廃止すべき制度が継続していること自体がおかしなことです。一旦廃止して、新たに同様の制度を作るというのでは、議員年金を廃止したとは言えません。
【参議院自民党案】
さらに、1月末には参議院の自民党が別の案を提示しました。この案は、議員年金を廃止して、退職金にしようとするものです。しかし、これまた驚きました。財源を100%国庫負担、つまり税金で賄おうとするものです。内容は、毎年250万円ずつ積み上げて、退職時に一括して給付するというものです。つまり、在職期間が3年の議員は退職時に750万円、10年で2,500万円になります。確かに、現行の議員年金と違って死ぬまでもらい続けるわけではないので、トータルでは国庫負担が減ることにはなると思いますが、私はこれも常識外れだと思います。
民主党も議員年金を検討するチームを創設し、提案していくこととしました。
【議員年金私案】
そもそも雇用保険に加入できず、身分保障のない国会議員ですから、落選あるいは引退した後の生活を考えると、何も保障がないというのでは、カバン持ち(財産家)でなければ国会議員にはなれなくなります。何の保障もなければ、いくら情熱があって優秀でも、国会議員になろうという人は集まらなくなることは事実です。優秀な人材を集めるには、何らかの保障が必要です。
私は、議員年金を廃止して退職金に切り替え、その退職金を民間企業と同じようにすれば良いと思います。その仕組みを簡単に説明します。
国会議員は、今までと同様積み立てを行います。金額は、月10万円、期末手当から30万円として、年間150万円ずつ積み立てます。在職3年以上で受給資格を取得します。在職3年未満の場合は退職時に積立金を全額議員本人に返金します。在職3年を経過した時点から民間企業でいうところの退職金引当金を国庫から負担します。その額は、議員が毎年積み立てる額と同じ額とします。そうすると、在職10年の議員の場合、退職時には自らの積立金1,500万円と在職4年目からの国庫負担金7年分の1,050万円の合計額の2,550万円が退職金として支給されることになります。10年を経過した議員には奨励金として1年分相当額の150万円を上乗せし、15年で2年分、20年で3年分、それ以降は奨励金はなしとします。20年で奨励金をなしとする理由は、その議員は後進に道を譲り、新陳代謝を良くすることが必要だと考えるからです。さらに、在職30年で積立も国庫からの負担もなしとします。つまり、30年以上議員を務めても、退職金は増えないということになり、国庫からの拠出も1人の議員当たり上限で4,500万円で打ち止めです。
当選後最初の3年間は国庫から拠出しませんので、在職10年で国庫負担割合は44.4%、20年以上は50%となります。つまり、この方法で制度設計すれば、国庫負担割合は絶対に50%を超えることはありえません。
具体的に例をあげると以下のようになります。
■在職3年未満:退職金はなし
■在職8年:退職金1,950万円(積立金1,200万円、国庫負担750万円)
■在職10年:退職金2,700万円(積立金1,500万円、国庫負担は奨励金150万円含め1,200万円)
■在職20年:退職金6,000万円(積立金3,000万円、国庫負担は奨励金450万円含め3,000万円)
【議員年金を考える前の重要な議論】
しかし、本当は、議員年金が多いとか少ないとかの議論の前にしなければいけない議論があります。それは、国会議員が報酬額に見合った仕事をするかどうかです。いくら退職金額を少なくする制度に改めても、国会議員として何も仕事をしなければ、それは単なるコストです。一方、退職金額や歳費等の報酬が多くても、それに見合う、あるいはそれ以上の仕事をすれば、良いのではないでしょうか。民間企業では、メリットクラシーといって、業務の質や量に応じて報酬を与える、いわゆる成果主義が導入されています。それと同じ考え方です。
自分の仕事に誇りを持ち、国会議員として恥ずかしくない仕事をすれば、報酬が多少高くても無駄ではありません。国会議員の本来の仕事と選挙活動とを混同して、勉強をしないと歳費は無駄な税金になってしまいます。選挙のためのパフォーマンスだけしかしない議員を排除することの方が、実は議員年金をどうするかの議論より重要な気がしてなりません。国会議員の本来の仕事は何かを皆さんも考えてみてください。
通常国会開会前日の1月20日、「国会議員の互助年金に関する調査会」の答申が衆議院ならびに参議院議長に提出されました。現行の議員年金を一旦廃止して、新しい制度に作りかえようとするものです。その新制度の内容を見たら、もうびっくりです。昨年の年金制度改悪法と同様、単に負担を増やし、給付を減らすという内容でした。内容を少し紹介しましょう。
現行制度では、国会議員は今年間126万5,605円を負担しています。新制度では219万8,900円に増加するというものです。また、現行の10年の受給資格を12年に延長し、12年在職時の給付を現行の428万4,800円から288万4,000円と減額するものです。しかし、既に受給している議員は、現行のままとすることとしています。一見すると、随分改革されたと思われがちですが、そもそも廃止すべき制度が継続していること自体がおかしなことです。一旦廃止して、新たに同様の制度を作るというのでは、議員年金を廃止したとは言えません。
【参議院自民党案】
さらに、1月末には参議院の自民党が別の案を提示しました。この案は、議員年金を廃止して、退職金にしようとするものです。しかし、これまた驚きました。財源を100%国庫負担、つまり税金で賄おうとするものです。内容は、毎年250万円ずつ積み上げて、退職時に一括して給付するというものです。つまり、在職期間が3年の議員は退職時に750万円、10年で2,500万円になります。確かに、現行の議員年金と違って死ぬまでもらい続けるわけではないので、トータルでは国庫負担が減ることにはなると思いますが、私はこれも常識外れだと思います。
民主党も議員年金を検討するチームを創設し、提案していくこととしました。
【議員年金私案】
そもそも雇用保険に加入できず、身分保障のない国会議員ですから、落選あるいは引退した後の生活を考えると、何も保障がないというのでは、カバン持ち(財産家)でなければ国会議員にはなれなくなります。何の保障もなければ、いくら情熱があって優秀でも、国会議員になろうという人は集まらなくなることは事実です。優秀な人材を集めるには、何らかの保障が必要です。
私は、議員年金を廃止して退職金に切り替え、その退職金を民間企業と同じようにすれば良いと思います。その仕組みを簡単に説明します。
国会議員は、今までと同様積み立てを行います。金額は、月10万円、期末手当から30万円として、年間150万円ずつ積み立てます。在職3年以上で受給資格を取得します。在職3年未満の場合は退職時に積立金を全額議員本人に返金します。在職3年を経過した時点から民間企業でいうところの退職金引当金を国庫から負担します。その額は、議員が毎年積み立てる額と同じ額とします。そうすると、在職10年の議員の場合、退職時には自らの積立金1,500万円と在職4年目からの国庫負担金7年分の1,050万円の合計額の2,550万円が退職金として支給されることになります。10年を経過した議員には奨励金として1年分相当額の150万円を上乗せし、15年で2年分、20年で3年分、それ以降は奨励金はなしとします。20年で奨励金をなしとする理由は、その議員は後進に道を譲り、新陳代謝を良くすることが必要だと考えるからです。さらに、在職30年で積立も国庫からの負担もなしとします。つまり、30年以上議員を務めても、退職金は増えないということになり、国庫からの拠出も1人の議員当たり上限で4,500万円で打ち止めです。
当選後最初の3年間は国庫から拠出しませんので、在職10年で国庫負担割合は44.4%、20年以上は50%となります。つまり、この方法で制度設計すれば、国庫負担割合は絶対に50%を超えることはありえません。
具体的に例をあげると以下のようになります。
■在職3年未満:退職金はなし
■在職8年:退職金1,950万円(積立金1,200万円、国庫負担750万円)
■在職10年:退職金2,700万円(積立金1,500万円、国庫負担は奨励金150万円含め1,200万円)
■在職20年:退職金6,000万円(積立金3,000万円、国庫負担は奨励金450万円含め3,000万円)
【議員年金を考える前の重要な議論】
しかし、本当は、議員年金が多いとか少ないとかの議論の前にしなければいけない議論があります。それは、国会議員が報酬額に見合った仕事をするかどうかです。いくら退職金額を少なくする制度に改めても、国会議員として何も仕事をしなければ、それは単なるコストです。一方、退職金額や歳費等の報酬が多くても、それに見合う、あるいはそれ以上の仕事をすれば、良いのではないでしょうか。民間企業では、メリットクラシーといって、業務の質や量に応じて報酬を与える、いわゆる成果主義が導入されています。それと同じ考え方です。
自分の仕事に誇りを持ち、国会議員として恥ずかしくない仕事をすれば、報酬が多少高くても無駄ではありません。国会議員の本来の仕事と選挙活動とを混同して、勉強をしないと歳費は無駄な税金になってしまいます。選挙のためのパフォーマンスだけしかしない議員を排除することの方が、実は議員年金をどうするかの議論より重要な気がしてなりません。国会議員の本来の仕事は何かを皆さんも考えてみてください。
