藤本祐司メールマガジン に入ろう!!
フジモトエムエル メールアドレス
 
藤本議員の議員活動をお伝えする登録無料のメールマガジンです。

2006年06月09日

vol.061:放送と通信との強い連携。とかくこの世は住みにくい。

 民主党の部門会議は、たいてい朝8時からスタートする。各部門会議では、委員会で審議する法案や関連事項に関して省庁や関係者、専門家から話を伺い、質疑をしたうえで、法案の対応、すなわち賛成か反対かを決定する。
 私の場合、総務委員会に所属しているので、総務部会に出席することになる。所属委員会以外の部門会議に出席することはできるが、部門会議は概して水曜か木曜の朝8時から1時間程度で開催され、時間が重なってしまうので、なかなか所属委員会以外の部門会議には出席できない。
 さて、7日も総務部会が朝8時から開催された。NHKのカラ出張の調査結果報告、平成16年度決算の説明をNHKと総務省から受けた。次から次へと出てくる不祥事。経営体質、そのものが問題なのだ。総務委員会がこのNHKに関して委員会を開催する。平成16年度決算に関する審議だ。衆院では6月9日、参院は6月15日。私も30分、質問する予定だ。

 NHKにも関連するが、竹中総務大臣の私的懇談会(座長:松原聡)が、放送と通信の将来の在り方の提言を取りまとめた。確かに、通信と放送を取り巻く環境は激変し、これまでの発想や常識では想定できない状況になっている。そのため、将来を見据えた通信と放送のあり方を検討することは、大変意義深い。その中でNHKが保有する8波を5波に縮小し、受信料支払いを契約制度から支払い義務化し、さらには罰則も検討するとした。

 同様に、民主党も、「通信と放送の将来ビジョン(中間報告)」を打ち出した。私もそのコアメンバーとして、当初から議論に参加した。党内調整もあり、すべてが私の考え方と一致しているかといえば、正直そうではないが、少なくともここ5年ほどを見据えたビジョンにはなっていると思う。

 通信と放送は、従来の通信と放送にもう一つ別次元の通信と放送が融合する舞台が形成される。より能動的に、より積極的に、私たちが放送と通信に主体的に関わっていく時代になる。実際、情報を得ている人が、それが放送なのか通信なのかは区別が付かなくなってきている。携帯電話でテレビ放送を観るワンセグやインターネットという通信手段で映画を観る。放送技術を使って情報を通信を使って流している。このように放送と通信の境目が見えなくなってきているのが現実だ。

 放送には規制がある。一方、我々は情報内容に規制のない通信という手段を使って情報を入手している。もちろん、中には有害情報も含まれる。新聞やテレビが偏っているといっても、通信を使って流される情報には、もっと偏った情報や危険な情報が混じっている。まさに玉石混淆である。様々な情報源から流される情報は様々である。ますます情報を得る側の判断が試される時代である。正しい価値判断ができるように、自ら努力しないと、間違った情報に踊らされることになる。放送と通信から大量の情報が届けられ、その中から正しい有益な情報を選び出す力が、我々には必要となる。

 逆説的な言い方になるが、便利になればなるほど、ますます不便になる部分もある。利便性が高まれば高まるほど、住みにくくなる側面も生まれる。どの程度の便利さが適度かは個人差もあるので、明確に線を敷くことはできない。ただ、適正な程度は必ずあるだろうし、それは時代の変遷とともに変化する。どこに線を敷くかを見極めることや線を敷かないことを決めるのも民主政治の役割かもしれない。
posted by 藤本祐司事務所 at 13:41| Comment(0) | TrackBack(0) | ::: 藤本ゆうじのホンネ

2006年06月05日

vol.060:参議院の存在理由を考えるきっかけとなった列国議会同盟ナイロビ会議

 先月の5月5日から13日まで、参議院から派遣されてIPU(列国議会同盟)会議に出席するために、ケニアのナイロビを訪問したことは、既にホンネ・コメントに書いた通りだ。

 IPUには、世界のおよそ4分の3の国の143ヶ国が参加している。今回のIPU会議の出席国は117ヶ国。全世界の約6割の国が出席したことになる.これだけ多くの国会議員が一同に介して、意見交換をする機会に参加できることは滅多にない。閣僚に名を連ねない限り、複数の国の議員と意見や情報を交換する機会はあまり多くはない。例えば、韓国とだけ意見交換をする、あるいはイギリスとだけするなど、1対1、あるいは、日本対5〜6ヶ国というのであれば、多少機会も増えるだろうが、100ヶ国を超える国・地域の議員と会議を開催する場に参加することは、さほど多くはないはずだ。その点、とても良い経験ができたと思っている。

 こうした経験を今後の活動に活かしていくことが、外交の基礎作りになる。議員同士のネットワークを作っていく機会が与えられたことは、国会議員の最大の特権であり、これを日本の政治に活かしていくことが我々国会議員の使命であろう。

 そのためには、こうしたIPU会議などにも継続して参加することも重要である。たった1回会っただけで、「はい、さよなら。また、いつか」では、参加した意味は半減する。ただ、時間には限りがあり、一人の議員が100ヶ国を超える国の議員と交流し続け、ネットワークを創ることは物理的に不可能である。そうであるならば、例えば、1人の国会議員として交流を続ける国を決めて、議員間交流を進めていくといった方法もある。

参議院議員は解散がないため、6年間議員活動を続けることができる。腰を落ち着けて、交流の対象とする国と密接な外交や情報交換を行うことができるのだ。継続性ある外交、長期的な政策などは、参議院だからこそ実行できる部分も多い。参議院の特徴を活かした取り組みを進めていくことで、参議院の存在価値を高めていくことは重要である。衆議院と同じ行動や同じ活動をしていては、参議院の存在理由を問われかねない。そんなことも再度考えるきっかっけとなったIPU会議でもあった。
posted by 藤本祐司事務所 at 16:02| Comment(0) | TrackBack(0) | ::: 藤本ゆうじのホンネ

2006年05月25日

vol.059:ナイロビ(ケニア)訪問で考えたこと2点(記憶力VS忘却力)

 IPUナイロビ会議から戻って2週間弱が経った。もっと早く「ホンネ・コメント」を更新するつもりだったのだが、質問やら差し替えやらで、更新するのが遅くなってしまった。最近は記憶力が減退し、その代わりに忘却力が旺盛になったため、本当はホットな話題は早めに書かなければいけないと思いつつ、遅くなってしまった。
前回の『vol.058』で、次回は『ケニアを訪問して考えさせられたこと』を書くと予告したので、今回はその予告に従う。

<継続的な議員交流の必要性>
 まず、議員交流について。今回も会議で多くの国会議員と会議場や会食の場、あるいは各種レセプション(例えば、ケニアの在日本大使館主催レセプション等)で顔合わせをする機会があった。
しかし、今後その方々と会う機会があるのだろうか。IPU会議は年に2回しか開催されないし、今年の秋開催される会議には、おそらく私は派遣されないだろう。他国の議員は、比較的継続して参加するようだが、わが国は、機会平等を旨としているからだろうか、順番に出席するようだ。となれば、下手するともう2度とこのIPU会議には私は出席しないかもしれない。折角交流の機会を持っても、それっきりとなる。
 確かに、個人的に考えると、会議に参加するだけでも多くの事を得るし、勉強になる。その点では機会平等は正しい。ただ、国あるいは党の利益を考えると、私よりも適任者がいたかもしれないし、同じ議員が継続して出席する方が、大きな利益を生み出すのではないかとも思う。
 議員交流が進めば、外交面でもスムーズに事が運ぶことだってある。それ故、このような国際会議の場は重要である。むしろテーマに合わせて、その専門家が繰り返し参加することが良いのではないかとも思う。今後の検討材料である。

<自分の身は自分で守るという意識>
 ナイロビの治安は悪い。我々は一人で歩くことは禁止された。ナイロビは特に治安が悪いかもしれないが、よく考えてみれば、夜9時以降、暗くなってからも女性が一人歩きして安全な国なんて、世界中どこを捜してもないと思う。日本も治安が悪くなったと言われても、まだ世界標準で考えれば、相当安全である。
 最近、小学生が殺されるという事件が相次いでいる。これは、大きな問題であることは間違いない。しかし、夜11時になっても女性が一人で歩いていて平気な国はどこにもないことも事実である。世界標準では、女性が夜11時に一人で歩いていて事件に巻き込まれたら、その女性に責任があると判断されるのではないか。事件すらならないかもしれない。日本では、「治安が悪くなった」と話題になる。

 もっとも、治安は良いに越したことはない。安全で事件が少ない方が良いに決まっている。ただ、誤解を恐れずに言わせてもらえれば、大人になったら自分の身は自分で守ることも覚えた方が良いと思う。
 ケニアに行っても、途中乗り換えのために立ち寄ったアムステルダム(オランダ)やロンドンでも、やはり女性の夜の一人歩きは危ないし、昼間でも近寄ってはいけない場所はある。日本は、これまで身は社会が守ってくれるものだと考えてきた節があるのではないか。リスクは社会がとるものであって、個人がとるものではないという「甘えの構造」というか「平和ボケ」があったのではないか。危険を察知する動物的勘も衰えてしまった。
 私も1980年代の後半に景気のどん底のアメリカに留学し、その中でも治安の悪かったデトロイトやニューヨークを知っている。それだけに、自分や家族の身は自分たちで守るのが当たり前だというのが常識であることを知っているし、体験している。危なそうな場所は、雰囲気でわかったし、近づかなかった。夜の一人歩きを控えるか、街角に監視カメラが設置され、警察官があちらこちらに立っている社会を望むかの選択になるかもしれない。それが世界標準であると思う。

 ケニアを訪問し、まさに危険と隣り合わせで暮らしていかなければならない生活に触れて、我々ももう少し自分の事は自分でするという考えを強く持つべきと考えた。繰り返しになるが、治安は良い方が良いし、子どもの身の安全は子ども自身の責任だと言っているのではない。人間は一人で生きていける訳ではないので、社会に依存しなければならないことも事実である。ただ、自立することを常に意識して、自分で出来ることや自分でやらなければならないことは、自分一人でやるんだという強い意識と行動は必要である。

 今回のケニア訪問では、改めて、HIVのこと、教育のこと、食糧のことも考えさせられた。ケニアの場合、これらの多くは貧困から発生している。まずは、貧困から救うことが先決なんだろう。“衣食足りて”初めて次のステップにいけるのである。ケニアと同じ状況の国が、他にも沢山ある。これらの問題を解決することは並大抵のことではない。
 他にも一杯、考えさせられたことはあった。書ききれないので、いつか機会をみて、情報発信する機会を作っていきたいと思っている。記憶力が忘却力より勝っているうちに・・・。
posted by 藤本祐司事務所 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ::: 藤本ゆうじのホンネ

2006年05月15日

vol.058:日本の常識は、世界の非常識

 私は5月5日の昼過ぎに日本を発ち、ケニアに向かった。IPU(列国議員同盟)ナイロビ会議に出席するためだ。途中、アムステルダムで1泊して、6日の20:00(日本時間の7日午前2時)頃にナイロビに到着した。
 早速翌朝9時から会議がスタートした。会議の様子を逐次報告していると、とてつもなく長〜いホンネ・コメントになってしまうので、この会議に参加して感じたことを掻い摘んで数回に分けて紹介しようと思う。

 IPUに加盟している国は、世界143ヶ国。世界のほとんどの国が加盟している。但し、アメリカは加盟していない。アメリカは、当初加盟していたが、3年ほど前に加盟資格停止となったとのこと。その理由は、分担金を支払わなかったからだとか。ただ、アメリカの名誉のために言っておくが、かつて、アメリカは分担金を世界で最も多く支払っていたが、採択の権限が分担金の少ない国と同じであること(1票の重みが分担金の額と比例していない)、分担金を払って貢献しているのに他国から批判ばかり受けることなどが、その理由だそうだ。今回も、アメリカが参加していないのにもかかわらず、イスラム国家や中南米のいくつかの国(全てではない)から名指で批判されていたことを考えると、アメリカのとった行動もわからないわけではない。

 さて、今回の参加国は117ヶ国。これらの国が一同に介して、スピーチをし、意見交換をするという場に初めて参加した。決められたスピーチ時間をオーバーして議長から止めるように注意されても何食わぬ顔でスピーチを続ける国、発言を許されていないのに堂々と発言する国、既に終わったテーマを蒸し返す国、特定の国の批判だけを繰り返す国がいるかと思えば、紳士的で建設的な意見を時間通りに行う国など、様々だ。

 また、会議が始まる時間に席に着いている国は、日本だけ。議長でさえも、時間に来ていない。15分遅れは序の口。30分過ぎても、半分程度の席が埋まっていれば良い方だ。
 考えてみれば、治安が悪く、いつ命が奪われてもおかしくない国からすれば、時間に遅れることなどたいしたことではないということだろう。いや、待てよ。欧州の国でさえも、時間通り来ない。

 話が横道にそれるが、私は、アメリカの大学院で、「世界で時間に最も正確な国はアメリカだ」と学んだ。「日本でさえもアメリカほど正確ではない」と習った。みなさんの中には反論したい人がいるだろう。確かに、交通機関などの正確さを考えると、日本はアメリカとは比較にならないほど時間に正確だ。しかし、例えば、会議や授業などは、アメリカでは時間ぴったりに始まって、時間ぴったりに終わる。日本は、時間ぴったりに始まったとしても、終わりの時間はルーズだ。アメリカでは、話が佳境に入っても時間が来れば終わる。日本は佳境に入ると5分や10分は長引かせてしまう。このようなことをみると、確かにアメリカは時間に正確である。

 話をIPU会議に戻そう。今回、30分遅れで始まっても、終わる時間は正確だった。私が配属になった委員会で驚いたことがあった。通訳が、時間が来るといなくなってしまうのだ。つまり、通訳は契約で時間が決まっているため、時間が来たら途中でもさっさと通訳ブースから姿を消す。残っていたのは、日本人の通訳だけだった。しかも、会議は時間通りに終わったのに、通訳はそれより少し早く、片づけて通訳ブースを去っていった。

 私たちの常識では考えられない。しかし、日本人以外の通訳が皆同様の行動をとったということは、我々日本人の常識がむしろ世界の非常識なのかもしれない。これと同じようなことがいくつかみられた。また、いつか紹介したい。

 さて、次回のvol.059では、“ケニアを訪問して考えさせられたこと”をコメントしよう。これもまた色々ありすぎて、1回では書ききれないとは思う。とにかく、なかなか体験できないことを経験できたことは、間違いない。
posted by 藤本祐司事務所 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ::: 藤本ゆうじのホンネ

2006年04月25日

vol.057:補選が終わって、さあ攻勢だ!!

 23日、千葉7区の補選が終わった。結果は、民主党候補者であった太田和美さんが、わずか955票という僅差で当選を果たした。私も選挙区に2回入った。21日(金)は、午後2時から6時までの4時間、流山市と野田市の商店街を歩いて民主党のビラを持って回った。そのとき、黒塗りのセルシオに出くわした。なんと、自民党の古賀誠衆議院議員ではないか。運転手と女性の秘書と3人でコーヒーブレイクだ。狭い選挙区だから、誰かに会ってもおかしくないが、こんなところで古賀先生とお会いするとは。俄然、ファイトが沸いた。
 
 今回の補選は、小沢民主党への期待と昨年の総選挙で自民党に勝たせすぎたという意識の裏返しで民主党を応援しようという気持ちを有権者の方々が持ってくれたから、太田さんが当選できたのではないだろうか。私は、その意味で有権者の方々に良識が働いたと思った。あまり片方に勝たせすぎると、政治が偏ってしまうし、政治が成長しないことをわかっている欧米のような政治的に成熟している国であれば当たり前だが、日本で同じ様な現象が起きたということは、まんざら日本も捨てたものではない。
 今回の補選は、本気で民主党は一丸となって戦った。なんでも延べ250人の現職国会議員が選挙区に入ったと言われているが、私の知る限り、延べにしたら、もっと多くの国会議員が選挙区入りした印象である。それに加えて、各議員の秘書も選挙区に入って、ビラ配りなどを一所懸命にやってくれた。全員で勝ち取った勝利である。

 こうして、千葉7区で反転攻勢ののろしを上げた民主党だが、24日、参議院で行政改革推進法案が始まった。本会議で趣旨説明が終わり、26日から行政改革特別委員会での攻防が始まる。衆議院では、もう一つの重要法案である「医療制度改革法案」の審議が続く。連休前後、国会は熱い戦いの場となる。
posted by 藤本祐司事務所 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ::: 藤本ゆうじのホンネ